「気が乗らなければ、夜枷を中断するようなこともあるのでしょう? それなら、同情で妃に迎え入れることもあるのではないですか?」

 梓晴は俊熙の性格を知らない。
 だからこそ、噂を頼りに皇帝の性格を想像することにしたのだろう。

 ……ありえなくもないな。

 香月は心の中で同調した。

 俊熙は優しすぎるのだ。その優しさを他人に向けることに戸惑いはなく、その優しさの見返りを求めることもしない。一方的に与え、やる気が削がれてしまえばその施しを止めてしまう。

 ……やはり、翠蘭姉上は呪われたのかもしれない。

 それは一種の毒のようでもあった。
 後宮の花は毒を持つ。その毒に餌を与えてしまったと俊熙は気づいてもいない。

「その可能性は否定はできない」

 香月は俊熙の考えを理解できずにいた。

 ……確認をしなければ。

 一方的な優しさは毒にもなる。ということを俊熙は知らない可能性がある。
 皇帝の施しは民の人生を狂わせる。それを知ろうともしないだろう。

「だが、どちらにしても玄家に喧嘩を売ったのは事実だ」

 香月は藍洙に同情をすることはない。

 玄家は藍洙の思い込みによる一方的な恨みの被害者だ。それならば、香月は藍洙を敵と判断し、迷うことなく行動を開始する。

「それをさっさと放り投げてこい」

 香月の判断を誰も止めることはない。

 玄家は喧嘩を売られても大人しくしているような性質の人間はいない。

「はい。お任せください」

 梓晴は迷うことなく返事をした。

 それから壺を抱え直し、速やかに退室する。

 向かうのは藍洙の住んでいる昭媛の宮だ。その周辺に立ち並んでいる他の九嬪の宮と間違えないようにしなくてはならない。気を付けるのはそれだけだ。

「賢妃様。あの蟲毒は完成しないのでしょうか?」

 雲婷は不安そうな声をあげる。

 蟲毒は呪術を扱う道士ではなくとも、名を知られているほどの有名な呪いだ。正しいやり方と凄まじい恨み、それから蟲毒を飢えさせない適切な餌を確保できる状況であれば、蟲毒は中途半端な力を持つ者でも作れてしまう。

 それほどに恐ろしい呪いではあることを雲婷は知っていた。