「黄昭媛ですか?」

 梓晴は意外そうな声をあげた。

 黄家の後ろ盾がないのは後宮では有名な話だ。娘が昭媛の位を得たのにもかかわらず、父親も兄も政治に関わる才能が皆無だった。

 その為、九嬪の利用価値を正しく理解できなかった。

 藍洙が定期的に家に渡している金子があれば生活ができる。それ以上のことを望まず、藍洙だけが家族の為に働いている構図に違和感を抱くこともない。

 その姿に俊熙は同情をしたのだろう。

「九嬪とはいえ粗末な宮ですよ」

 梓晴は断言した。

 実際、後宮の見回りをしながら各宮の様子を確認してきたのだ。後宮内の建物の場所を正確に把握するのも、侍女の役目である。

 そのついでに後宮で出回っている噂を収集していた。

 翠蘭が関わる噂がないか、確認をしていたのだ。

「家具は最低限の飾り気のないものだと聞いたことがあります。侍女も黄家の者ではなく、適当な下女を雇い入れたとか。噂では払い下げも近いみたいですね」

 梓晴はかき集めた噂を口にする。

 ……払い下げ?

 皇帝のお手付きにもならない妃候補を褒美として家臣に渡すことを意味する言葉だ。一度、手を付けられた者が該当することはほとんどない。

「お手付きがあったのではないのか?」

「そういう噂はありますけど。実際は虐げられた下女に同情した陛下が昭媛の位を与えて保護をしただけらしいです。一度も夜枷はなかったらしいです」

「そのようなことがありえるのか?」

 香月は首を傾げた。

 俊熙が情の深い性格だということは知っている。しかし、九嬪の席が空いていたからといって同情だけで座らせてもいいものなのだろうか。

 ……同情と愛情の区別がつかない相手だったのだろうな。

 藍洙は皇帝の寵愛を受けられると信じて疑わなかったのだろう。

 その心を踏み弄った自覚は俊熙にない。

 皇帝の行動を非難する者もなく、後宮で好き勝手なことをしても問題視されることもなかった。

 その結果、翠蘭は一方的な恨みを抱かれることになったのだろう。

「陛下のお考えは下民にはわかりかねます」

 梓晴は迷いなく返事をした。