「中身を逃がしてやれ。一緒に壺も投げ入れてやるといい」

「はい。場所はどこにしますか?」

 梓晴の問いかけに対し、香月は壺を見つめたまま無言になる。

 ……辿れ。

 気を張り巡らせる。

 道術を嗜まず、道術よりも簡易な呪術にも慣れていない気配を探るのは簡単だ。痕跡を消さなければならないと知らない相手の居場所を探るなど、香月にとって息をするように簡単なことだった。

 ……後宮内。指示役の侍女と従う下女が複数いるな。

 後宮内を行き来している姿が脳裏に映し出される。

 寵愛の噂を聞きつけ、あちらこちらに歩いて回り、使用できそうな虫を集めて回ったのだろう。

 ……玄武宮で人の手を介したか。

 玄武宮の内通者に手渡しをしたのだろう。

 ……言い逃れはさせてあげられないな。

 内通者に同情の余地はない。

 だが、内通者は壺の中身がわからず、置き場所もわからず、指示を仰ぐ為にその場を離れることにしたようだ。その際、とりあえず入り口に壺を置いていったのだろう。

「簡単に鼠が尻尾を出したな」

 想定外の早さだった。

 香月は思わず笑ってしまう。

「せっかくだ。文を添えておこうか」

「文ですか? 蟲毒もどきをお返ししますとでも書いておきましょうか?」

「いや。翠蘭姉上の分もお返ししますと書いておこう」

 一夜の噂を聞きつけただけならば、行動が異様なまでに早い。

 事前に香月の侍女を買収していたことも考えると、翠蘭を追い詰めた人物と同一犯か、もしくは共犯者の可能性が高かった。

「翠蘭姉上は恐ろしい思いをさせられたことだろう」

 香月とは違い、翠嵐は道術や呪術の知識がなかった。

 誰一人、味方のいない中、虫が入れられた壺を置かれた時には泣き叫ぶほどの恐怖を味わったかもしれない。

「玄家を敵に回したことを後悔させなけれならない」

 香月は翠蘭の仇を討つと決めていた。

 玄家がそれを望んでいないと知っていたものの、翠蘭の死をあやふやなものにしておきたくはなかった。