「陛下。主犯格の手掛かりは掴めるかもしれません」

「根拠はあるのか?」

「はい。翠蘭姉上を妬んだ者ならば、私が陛下の寵愛を受けていると噂になれば大人しくしていることはできないでしょう」

 香月の提案は賭けに等しいものだった。

 俊熙の気まぐれにより計画は頓挫した。しかし、それにより翠嵐を死に貶めた犯人の狙いが俊熙であったのか、翠嵐を狙ったものだったのか、どちらかに絞れる可能性が浮上した。

「後宮妃や下女の暴走ならば、香月の命を狙うはずであると?」

 俊熙は眉を潜めた。

 計画通りに駒が進むのならば、やりやすい。しかし、香月を囮として使う方法は俊熙が望むものではなかった。

 ……陛下はお優しい人のようだ。

 後宮に住まう者は、すべて、皇帝の所有物である。

 後宮妃となれば、よほどのことが起きない限り、後宮内で生涯を終えることになる。

 だからこそ、後宮入りをした者は誰もが覚悟を決めている。

 皇帝の寵愛を望む者もいれば、その対象にならないように息を潜めて年季が明けるのを待つ下女たちもいる。覚悟の仕方はそれぞれではあるが、互いに敵視し、恋敵を蹴落とす為ならば手段を選ばない者も珍しくはない。

「香月を危険な目には遭わせたくはない」

「陛下。ご心配には及びません。私は玄家の武人です。武功も道術も呪術も身に付けてまいりました」

「そなたが妃の中で一番の実力であることは、わかっている。だが、愛しい者を危険な目に遭わせたくない俺の気持ちもわかってはくれないか」

 俊熙の言葉に対し、香月は頭を悩ませた。

 ……どうして?

 会話を交わす機会もほとんど恵まれなかった。

 今宵は共に過ごす機会に恵まれ、俊熙の考えも知ることができた。しかし、香月を恋い慕っているかのような言葉を口にすることだけが理解できない。

 ……ここまで慕われる理由がわからない。

 誰にでも甘い言葉を口にしているわけではないだろう。

 俊熙は色欲に溺れた先々代皇帝とは違う。

 皇帝の義務として後宮を維持し、次代を担う御子を産ませる為に複数の妃と夜を過ごす。それさえも、気分が削がれてしまえば途中で中止してしまうほどの気まぐれな青年だが、香月の危険を案じている声は真剣なものだった。