それも俊熙が幼い頃に行われた茶会を口にしなければ、香月はあの時の貴人が俊熙だと気づくことはなかった。

 鋭い視線を向けている貴人だと印象に残っているだけの存在だ。

 それなのに俊熙は香月を覚えていた。

「その噂を口にしたやつが目の前にいれば、俺は容赦なくそいつの首を跳ね飛ばす。想像しただけでも腹が立つのに、なぜ、それを現実にしなければならんのか理解ができない」

 俊熙は今宵の計画を知っている。

 計画に乗るふりをして玄武宮に足を運んだのだ。

「今宵は去るつもりだった。事情だけ打ち明け、計画通りに駒を進めるつもりだったが、気が変わった」

「気が変わってしまっては困ります。これでは父上の作戦が台無しになります」

「気にするな。代案を立ててやる」

 俊熙はあくびをした。

 元々、書類仕事や宮廷の決め事などで忙しいのだ。寝る間も惜しんで動き回っているのにもかかわらず、夜伽の役目を果たせと言われても苦痛なだけだった。

「今宵はここで寝る。香月、共寝をするくらいは問題ないだろう」

 俊熙は決めてしまったようだ。

 いそいそと寝具の上に寝転がり、その隣に寝るように催促をする。

 ……本気か。

 香月も覚悟を決めなければならない。

「お隣を失礼します」

「気にするな。寝相は悪くはないはずだ」

「はい。私もそれほどには酷くはないと思います」

 香月は淡々とした声で答える。

 それが俊熙には心地よい声に聞こえているのだろう。

 ……噂はどちらにしても広がるだろう。

 皇帝の寵愛を受けていると噂は広まるはずだ。

 皇帝の命を狙う者たちの動向は再び闇の中に消える可能性が高いが、賢妃を妬み犯行に及んだ後宮妃や下女がいるのならば、寵愛されていると聞けば危険を顧みずに動くだろう。

 ……犯人の特定はできるかもしれない。

 後宮妃や下女の妬みによるものならば、犯人は顔を出すはずだ。