「朝まで共にいる理由がわかりません。翠蘭姉上を狙った輩を誘き寄せる為ならば、私は陛下の寵愛を受けられてなかったと噂されるべきではありませんか」

 香月の言葉は正しい。
 これは翠蘭の命を狙った不届き者を誘き出す餌なのだ。

「それはわかっている」

 俊熙は足を組み、頬杖を付く。

 その姿は皇帝とは思えないほどに粗雑なものだった。

「俺を殺したい連中によるものか、それとも、僻んだ後宮妃の暴走か。それもわかっていない。調べさせても自死だったと答えるばかりだ」

 俊熙は若くして皇帝の座に就いた。

 先代の急死によるものだ。

 先代皇帝の東宮は俊熙であり、それ以外の男児には恵まれていなかった。それだけの理由で皇帝となった俊熙を思い通りに操ろうと企む者は少なくはない。

「俺が帰れば、連中はそなたを狙うだろう」

「かまいません。翠蘭姉上の仇を討ち取れるのならば、後宮にまで足を運んだ甲斐があるというものです」

「そなたはどこまでもまっすぐだな」

 俊熙は呆れたようにため息を吐く。

 それから、もう一度、隣に座るように催促をした。

 ……外には声が漏れないとは思うのに。

 隣にいてほしいと思っているのだろうか。

 香月には理解ができなかった。しかし、二度も催促をされてしまえば断るわけにはいかない。香月は立ち上がり、俊熙の隣に座り直した。

「俺が嫌なだけだ」

 俊熙は香月を見ない。

「俺の妃は香月だけでいい。いずれ、時が来れば、そなたを皇后にしてやる」

 俊熙の言葉は嘘ではない。

 年相応に照れているのか。ほんのりと赤色に染まった頬を隠すこともせず、悪戯を告白するような口調で俊熙の本音を口にする。

 俊熙は皇帝だ。皇帝が皇后を決める権限を持っている。

 わざわざ、明言をしなくとも、俊熙の好きなようにすればいい。

「なにより、香月が俺の寵妃ではないと噂されるだけでも腹が立つ」

 それなのに、なぜ、好意を口にするのか、香月には理解できない。

 ……どうして?

 香月にはわからなかった。そこまで他人に情を寄せられたことはない。