「香月」

「はい。陛下」

「そなたは玄浩然の命に従うな。今後は夫である俺の命令だけに従え」

 俊熙の言葉に対し、香月はすぐに反応ができなかった。

 ……なぜ?

 玄家は皇帝に忠誠を捧げている。

 敵視される筋合いはない。

 しかし、俊熙が望むのならば、それに従わなければならない。

「はい。陛下。臣妾は陛下の命に付き従います」

 香月は賢妃として返事をした。

 それに対し、俊熙は欲しいものが手に入らなかった子どものような顔をしていた。

「二人きりの時は言葉遣いを崩せ」

 俊熙の言葉は想定外なものばかりだった。

 香月を格上の女性として扱うわけではない。しかし、大勢いる妃の一人として扱うつもりもないのだろう。

 ……年相応のような振る舞いをする相手が欲しかったのだろうか。

 香月は俊熙の真意がわからない。だからこそ、自己流で解釈をした。

「陛下のお望みのままに」

 香月は簡易的な返事をした。

 それは賢妃としてはふさわしくはない。しかし、俊熙が望むように振る舞うべきであると判断をした。

「香月。今宵はそなたを抱かない。だが、朝まで共にいてやろう」

 俊熙は気難しそうな顔をしていた。

 それから椅子に座っている香月に視線を向け、無言で自身の隣を叩く。開いている場所があるのだから、椅子ではなく、寝具に座れと言いたいのだろう。

 ……翠蘭姉上の時は五分程度と聞いていたが。

 香月もその程度だろうと予想していた。

 俊熙は気まぐれに後宮妃の元を訪ねるものの、途中で気分が乗らなくなれば容赦なく切り上げて部屋を出て行ってしまう。

 その為、お手付きとなった妃はいても、子を宿した者はいない。

 それどころか、朝方まで共にいた妃は一人もいなかった。

 用事が済めば、俊熙は後宮を離れる。後宮そのものを嫌悪しているようだと誰かが噂をしているのを、香月も耳にしたことがあった。