後宮妃は木犀の下で眠りたい

「名を申せ」

「はい。玄浩然の娘、玄香月と申します」

「そうか。では、そなたの母は玄玥瑶か?」

 俊熙は再び問いかける。

 ……情報を見ていないのか?

 後宮入りする前に事前に手紙が送られているはずだ。皇帝の仕事として様々な書類に目を通すことになるだろうが、その中の一つに含まれているはずである。それをわざわざ問いかける意味が理解できない。

「はい。玄玥瑶の長女でございます」

 香月は最低限の答えを口にする。

 ……わからない。

 俊熙がなにを考えているのか、わからなかった。
 賢妃になる前、浩然から聞かされていた話では、命を狙われている俊熙を護衛することが香月の役目だったはずだ。

「顔をあげろ」

 俊熙は香月を見定めるように見つめていた。
 その眼は獲物を見つけた猛獣のようなものだ。もしくは、探し求めていた宝物を目の前にした探究者の希望に満ちた顔のようだった。

 今度は香月は顔を逸らせなかった。

 ……この視線を知っている。

 幼い頃、玥瑶に連れていかれた茶会で向けられた視線だ。

 まともに会話を交わすことさえも許されないような高貴な方だと玥瑶に教えられていた為、声をかけることはしなかったが、その強い眼差しだけは忘れられなかった。

 ……あの時の貴人か?

 四大世家よりも高貴な家柄など一つしかない。

 李王朝の皇族の一人だろうとは思ってはいたものの、まさか、目の前にいる俊熙の幼少時代だったとは思いもしなかった。

「そなた、茶会のことを覚えているのだろう」

 俊熙は断言をした。

 答えを待つ必要もないと言いたげな物言いだった。

「玄浩然がなにを言ったか、予想はつく。皇帝を守れなどと偉そうなことを命じてきたのだろうな」

 俊熙が指示をした言葉以外のことも、皇帝の意思であるかのように浩然は口にしていたのだろう。どこまでが俊熙が浩然に送り付けた手紙の内容であるのか、香月にはわからなかった。