後宮妃は木犀の下で眠りたい

 ……酷い目に遭った。

 香月の知っている湯浴みではなかった。

 肌を徹底的に磨かれ、得体のしれない香油を塗られそうになり、香月は必死に抵抗をした。雲婷は夜伽の為には必要不可欠の準備だと言い切り、香月に匂いの強い香水ばかりを勧めてくるのには、香月も気力が削られるような思いをさせられた。

 ……後宮は匂いが強すぎる。

 玄武宮は比較的、匂いが薄い。

 それは香月が香水を好んでいないからだ。

 ……昨日までの湯浴みとまったく違うではないか。

 皇帝が来るたびに、同じように徹底的に行われるのだろう。

 匂いの強い香水や、肌が真珠のように白くなると噂の白粉など、様々な化粧道具たちを用いて、最高の仕上がりを求めるのは皇帝の寵愛を求める女性ならば当然のことなのだろう。

 それらをしなくても、香月の見た目は整っている。

 傾国の美女と巷で噂されている玄玥瑶の血が濃いのだろう。

 母親に似た容姿の香月は、最低限の化粧を施しただけで男性の視線を釘付けにするほどの美しさだ。

「賢妃様。よろしいですか。陛下の寵愛を受ける為には、適切な受け答えと完璧な淑女としての仕草をお忘れなきようにしてくださいませ」

 雲婷は香月の髪を整えながら、大切な教養を伝え続ける。

 乳母として香月を育ててきた雲婷には勝算があった。

 後宮妃の中で皇帝の寵愛を受けている者はいない。それならば、香月が寵愛を得られる機会を得たのも同然であると確信していた。

「賢妃様は傾国の美女であられる奥様によく似ていらっしゃるのです。そのことを意識し、背を伸ばし、民を慈しむように微笑むのですよ」

「雲婷。私は大恩ある陛下をお守りする為に賢妃になったのだ。寵愛を受ける為に来たのではない」

「存じております。しかし、寵愛を受けてはいけないと命じられているわけでもないのでしょう」

 雲婷は気にもしていないのだろう。

 浩然が香月に命じた言葉は皇帝の言葉に勝つことはない。それを知っているからこそ、雲婷は香月が寵愛を受けて幸せを手に入れる可能性に賭けたのだ。

 雲婷は香月の幸せの為ならば、どのような努力も惜しまない。

 香月に対する忠誠心の高さは侍女頭にふさわしいものだった。