後宮妃は木犀の下で眠りたい

明明(メイメイ)

 香月は玄武宮の屋根の上で昼寝をしていた侍女、呂(リュウ)明明(メイメイ)の名を呼ぶ。

「追え」

 逃げるように立ち去っていた侍女の後をつけるようにと指示を下す。香月の短い指示だけで明明は役目を理解し、足音を立てずに素早く走り去った。

 梓晴の妹である明明の役目は、仕事を放棄しても怒れない賢妃という噂の原因となることと香月の護衛である。

 武芸に長けた明明の足から逃げられる者は多くはない。

「賢妃様。中にお戻りください。湯浴みをしなければなりません」

 雲婷は明明の動きに気づいていないかのように振る舞う。

 なにもなかったかのように会話を続けるのは、慣れたものだった。

「わかっている」

 香月は視線を先ほどまで侍女がいた場所に向ける。

 ……幼い子どものようだった。

 遠目でしか姿を認識してはいないものの、妹の紅花と同じくらいだろうか。もしかしたら、それよりも幼いかもしれない。

 ……騙されやすい相手を選んだのだろう。

 目先の餌に弱い子どもを利用した。

 そうなるとわかっていながら、浩然は後宮入りの侍女に選んだのだろう。

「賢妃様」

 雲婷は咎めるように香月を呼ぶ。

「後宮は女の花園だとお思いになるべきだとお伝えしたでしょう」

「わかっている」

「その返事は、わかってはいても理解はしたくない時の返事です。湯浴みの時に嫌になるほどの後宮での作法をお伝えいたします。ご覚悟をなさってくださいませ」

 雲婷は諦めたような声をあげた。

 それさえも、他に密偵が潜んでいてもいいように演技したものだ。雲婷は香月の乳母である。生まれた時から香月の世話を任されており、玥瑶が香月に気功の扱いと武芸のすべてを叩き込んでいる姿も見守ってきた。

 だからこそ、香月の身内に対する優しさを知っている。

 五年前、玥瑶の手で命を奪われた春鈴のような子どもに対して、特に情を抱きやすい。それは助けることができなかった春鈴に対する罪悪感と自分自身への嫌悪感によるものだと雲婷は気づいていた。