「……雲婷。あまり近づくと傷になるぞ」

「かまいませんとも。それで賢妃様が大人しくなってくださるのならば、この雲婷の体が傷だらけになっても引きはしませんよ」

「はぁ。……わかった。今日は止めにする」

 香月は槍を控えていた侍女、(リュウ) 梓晴(ヅーチン)に渡す。

 鍛錬を怠るわけにはいかないと訴えたところ、持ち込むことが許された槍の一つだ。なにを勘違いしたのか。香月は武術を嗜んでおり、武器を収集する癖があると皇帝に伝えられたらしく、毎日のように玄武宮には様々な種類武器が皇帝名義で届けられている。

「雲婷は過保護だな」

 香月はわざとらしく会話を続ける。

 槍を渡した侍女は幼い頃から香月に付き従っている者だ。信用はできる。問題なのは、遠巻きに様子を伺っている玄家が用意したとは思えないほどに気配の隠せていない幼さが抜けていない侍女だ。

 恐らく、後宮入りの際に新たに雇われた者だろう。

 玄家で雇われたとはいえ、他家の者からの誘惑に勝てるとは限らない。

 ……金目の物でも貰ったか。

 それとも、後宮妃になれるように口添えをするとでも言われたのだろうか。

 どちらにしても、香月は裏切り者にわざわざ食い扶持を与えるほどに心が広くはない。

「翠蘭様のことがございますので。過保護になるのは当然のことでしょう」

 雲婷もそれに気づいていた。

 香月を害する可能性を秘めた裏切り者を処罰せず、踏み止まっているのは香月が餌として泳がせていると雲婷を説得したからだ。そうでなければ、玄武宮の侍女頭の権限を使い、早々に処分をしてしまったことだろう。

「私が翠蘭姉上のようになるとでも?」

「そういうわけではございませんが。しかし、今宵こそは陛下の寵愛をいただなければなりませんよ。初日のような失敗はなさらないでくださいませ」

「あれは仕方がないだろう。私も緊張をしていたのだから」

 香月は失敗を恥じているような仕草をしながらも、困っていると言わんばかりに頬に手のひらを当てた。

「失敗をしなければいいのだが」

 香月はわざとらしくため息を吐く。

 その言葉を聞き取ったのだろう。香月たちの様子を伺っていた侍女が足早にどこかに向かっていった。