「嬉しかったよ」

 これが雲嵐に伝えることができる最後の言葉だと言わんばかりの顔をして、香月は笑ってみせた。

「宮廷では秋頃に咲くだろうね」

 後宮には様々な花々が育てられている。

 その中には甘い香りをさせる木犀もあるだろう。

「それでも、私は、来年もお前と木犀を見に行きたかった」

 香月は雲嵐から目を逸らした。

 ……叶わないとわかっている。

 叶わない夢を口にするほど苦しいことはない。

 香月はそれ以上の言葉を口にしてしまう前に、雲嵐から離れようと決めた。
 荷造りはそろそろ終わりになるだろう。その前に着替えをしなければならない。その為、香月は雲嵐に別れの言葉を告げられる前に歩き出した。

「香月お嬢様!」

 雲嵐は香月の気持ちがわからなかった。

 しかし、曖昧な会話だけをしたまま、別れなどできなかった。

「来年も木犀の花で作った茶をお届けします! 毎年、毎年、お嬢様のことだけを思って、雲嵐が桂花茶を作ってお届けいたします!」

 雲嵐の言葉に香月は返事をすることができない。

 香月は逃げるように足早に歩いていく。その背を追いかけることも許されない雲嵐は必死に声を張り上げて、叶う保証のない約束を口にする。

「雲嵐の思いを、毎年、桂花茶に変えてお届けすることを、どうか、お許しください。香月お嬢様。どうか、貴女の幸せを願わせてください」

 雲嵐はまた泣いているのだろう。

 香月にはそれを慰めることができなかった。