後宮妃は木犀の下で眠りたい

「はい。お嬢様が好きな甘い香りのする花でしょう」

「そうだ。私はあの香りが好きだ。それを雲嵐にしか教えていないのに、いつの間にか、桂花茶を出されるようになって驚いたものだよ」

 香月は乾燥させた木犀の花びらの入った桂花茶を飲む楽しみがあったからこそ、厳しい修練を乗り越えれたのだとさえ思っている。後宮に運ばれる荷物の中にも当然のように桂花茶は入れられていることだろう。

 甘い香りは雲嵐との何気ない日々を思い出させてくれた。

 それは切ないものであり、一時だけの感情だと思わなければいけないものだった。

「木犀は茶として楽しめると行商人に聞きましたから、用意させたものですね。迷惑でしたか?」

 雲嵐はそれ以外の意図はないと語るように話し出す。

 周囲に人がいないか、視線を泳がせている姿は、まるで隠し事をしている子どもが親を警戒しているようだった。

「いいや。今では桂花茶がなければいられないほどだよ」

 香月は桂花茶を好むようになった。

 秋頃に咲く花よりも香りは薄くはなるものの、季節に問わず、楽しめるだけの量はあった。

「行商人から木犀の花言葉というのを聞いたのを覚えているか?」

 それは桂花茶を買わせる為の売り文句だったのかもしれない。行商人がその場で作った意味のない言葉かもしれない。

 それでも、香月は忘れることはないだろう。

「はい。忘れることはないでしょう」

 雲嵐は肯定した。

「お嬢様を思い、桂花茶をお選びいたしましたので」

 雲嵐は言葉を選ぶ。

 行商人が口にしていた花言葉は雲嵐が言葉にすることができないものだ。それを桂花茶に込めていたと白状した。

 ……初恋か。

 木犀の花言葉は複数あると、その行商人は言っていた。

 その中でも幼い二人によく似合う言葉を教えてあげようと、わざとらしく笑っていた行商人の顔を思い出すことはできなかった。

 ……初恋の匂いとは詩的な表現をしたものだ。

 香月は行商人の売り文句を聞き流していた。
 しかし、雲嵐は目を輝かせながら聞いていたことだけは覚えている。その花言葉は真実なのだと今でも思っているのだろう。