雪に染まった山々を見上げる。

 修練の為に頻繁に上っていた山々に足を踏み入れる機会は、今後、訪れるのかさえもわからない。

 後宮に入れば死んでも出られない。

 いや、皇帝の代替わりが起きれば、故郷に帰される者もいるかもしれない。

 しかし、今代の皇帝は十八歳である。先代の急死に伴い、十五の年に即位をした若き皇帝の時代は長く続くことだろう。

 その場合、香月が故郷に足を踏み入れる機会はないも同然だった。

「香月お嬢様」

 香月の後を追いかけてきた雲嵐の息は上がっていた。

 大急ぎで駆けてきたのだろう。

 ……みっともない。

 気功を自分のものにしていない証拠だ。武術も武功も自らの力にしていれば、全速力で走ったところで息が乱れるはずがない。

 それを非難されないのは、雲嵐は玄家の使用人の一人にすぎないからだ。

 雲嵐は武人ではない。

 香月の頼みを聞き、必要なものを買い集めるだけの役目しか与えられていない。

 ……しかし、この姿が見られなくなると思うと、無性に胸が痛くなる。

 心の奥が痛みを訴えている。

 しかし、香月に心当たりはなかった。

「賢妃に選ばれたというのは誠でございますか?」

 雲嵐は泣きそうな顔をしていた。

 目が赤いのは、雲婷に香月の後宮入りを聞かされた後に泣いたからだろう。

「そうだ。私は陛下の賢妃となる」

 香月は言葉遣いを改めない。

 四夫人の一角である賢妃の座に座らされても、玄家の娘であるという態度を貫き通すつもりだ。玄家の当主の座にもっとも近いと呼ばれていた日々が色褪せることはない。

 香月は自分を捨てるつもりはなかった。

 どのような地に追いやられても、香月は玄家の娘であり、誇り高き武人である。

「なぜ、雲嵐は悲しそうな顔をしているのだ?」

 香月は雲嵐が悲しそうだと自分の心が同じように痛みを訴えるのを知っている。しかし、理由はわからなかった。