後宮妃は木犀の下で眠りたい

「玄香月は賢妃として後宮入りを果たし、玄梓睿は陛下の宦官となり、役目を果たす。それだけの話をなぜ理解ができない?」

「私と梓睿が陛下にお仕えするのならば良いのです。しかし、父上の言葉ではどちらも私に課せられた役目であるように思われて仕方がないのです」

「そうだ。どちらも香月の役目である」

 浩然は認めた。

 玄家が宮廷に差し出すのは、玄香月だけである。しかし、賢妃では皇帝の護衛が務まらない為、時には宦官の真似をして皇帝を支えなければならない。

 その役目は重要である。

 そのことは香月もすぐに理解ができた。

「しかし、私が梓睿を名乗れば不審に思われないでしょうか」

 香月は心配していた。

 浩然は完璧主義者だ。不審に思われるような危険は冒さない。

 玄家を恨む者も少なくはない。

 玄家の足を引っ張ろうとする輩はどこにでもいる。

 それらが玄家に侵入し、梓睿が玄家にいると知られてしまえば、なにもかも台無しにされてしまうことだろう。

「心配は不要だ」

 浩然は対策を講じるだろう。

 それは玄家にとって必要なことである。

 しかし、義弟を案ずる香月にとっては恐怖心を煽る言葉であった。

「玄梓睿の名を取り上げる。アレには今後の役目に相応しい新たな名を与えよう。五年前の娘のようにはならん。だから、安心して後宮に入るがいい」

 浩然の言葉に対し、香月は心の奥が痛むのを感じた。

 ……父上は春鈴の名を覚えてもいないのだろう。

 その手で春鈴の首を刎ねた玥瑶も娘の名を覚えていないだろう。

 彼らはよく似ている夫婦だ。

 玄家の栄華を手に入れることだけに執着をしている。その過程で犠牲になった者たちに対し、なんらかの感情を抱くことはない。

「……はい。父上。父上のご配慮に感謝します」

 香月は慣れた言葉を口にする。

 思ってもいない言葉だった。

「荷の準備をしてまいります」

 香月は憂鬱な気持ちを悟らせないように、浩然に背を向けた。

 ……準備か。

 浩然は香月を引き留めなかった。要件を伝える為だけに呼んだのだろう。