七奈が目を覚ましたと連絡が来たのは、それから三日後だった。
俺は、嬉しくて直ぐに七奈の病室へ飛んで行った。病室を開ける時、俺は何故だか緊張していた。ノックをして部屋に入ると、七奈の母親がベッドの側に座っていた。
俺の顔を見ると「永斗君!ほら、七奈、永斗君きたよ」と言った。
 俺はベッドに近づくと、七奈の顔を見た。

 「七奈!」俺が呼んでも、何故か七奈はぼーっとして、不思議そうに俺の顔を眺めるだけだった。

 「七奈、、、?」

七奈の反応がおかしいので、俺は少し戸惑った。七奈の母親も、おかしい事に気がついて、もう一度七奈に言った。

 「七奈、、、?どうしたの?永斗君よ?」

「永斗、、、?」

七奈は俺の顔をみて、眉間に皺を寄せた。
俺は不安になって心臓がどくどくと鳴りだした。

 「ごめん、ちょっとわからないです、、、」

七奈はそう言うと、頭を少し押さえた。
俺も、七奈の母親も信じられない思いで、声が出なかった。

 その時、病室がノックされ、翔也が入ってきた「七奈、目、覚ましました、、、?」

翔也の声を聞いた七奈の表情がぱっと変わった。ずっと会いたかった、待ち焦がれていた人に会えたような表情だった。

 「翔也!!」七奈がそう言うと、近くにきた翔也に抱きついた。

 翔也もかなり驚いていたが、俺は目の前で起こっている事が受け入れられず、思わず目を逸らした。

 (こんな事があるのか、、、?嘘だろ?)

「翔也、やっと終わったよ。翔也のおかげだよ、ありがとう!」

七奈は完全に彼氏を見る顔で翔也を見つめていた。俺はその場に立ち尽くすしかなかった。
見かねた、七奈の母親が俺を病室の外に連れ出した。

 「あの、、、俺、、、なんで、、、?」

感情を上手く言葉に出せなかった。
それくらいに、意味がわからなかった。

 「永斗君、多分手術の後で混乱してるだけだと思う。落ち着けば絶対に永斗君の事、思い出すと思うから」

「でも、、、おかしいじゃないですか?七奈、完璧に俺じゃなくて翔也を彼氏だと思ってましたよ」

七奈の母親に詰め寄った所で、仕方ない事はわかっていた。でも、この昂ぶる気持ちを押さえる事が出来なかった。

 「宮下さんに相談してみるから、永斗君、もうちょっと待って、、、」

七奈の母親もそう言うしかなかったのだろう。
けれど、それから時間がたっても七奈は俺を思い出す事はなかった───────。


 宮下さんが改めて、俺に説明してくれた。

「後遺症だと思う。七奈ちゃん、特に手術前の短期の記憶がまだらなんだと思う。
けれど、永斗君と恋愛していた事は印象が強くて、その相手が翔也君だと勘違いしてるんだと思う、、、」

俺はただ呆然とするだけだった、、、。こんな受け入れ難い現実がある事に、自分の気持ちが拒否をしていた。

 「急に、思い出すかもしれないし、ずっとこのままかもしれない。悲しいけど、人間の脳ってまだまだわからない事ばかりなのよ、、、」

「俺との、思い出が全部翔也との記憶になっているって事ですね、、、」

"ねえねえ、永斗"

七奈が俺によくそう言って呼びかけていた。

"ねえねえ、永斗?"

もう二度と聞けないんだと思うと、涙が溢れて止まらなかった。

 「永斗君、、、?説明してみる?七奈ちゃんに、永斗君との事。そうしたら思い出す可能性だってあるかも、、、」

俺は首を振った。記憶がない七奈にそんな事をしても意味がないと思った。
それに、ある意味これで良かったのかと思った。いつか翔也に言われた事があった。

 『勝手に好きになって、責任とれるの?』

七奈は手術が成功して、このまま元気になって普通の生活を送れる。今までとは違って、何でも出来るようになった。
望んでいた学校へも行けるし、就職も結婚も出来る。

 、、、でも俺は、薬でやっと病気を抑えているだけで、いつどうなってもおかしくない。
明るい未来を手に入れる事が出来た七奈に、死に向かっていく俺は相応しくない、、、。
 七奈を悲しませる未来しかなかった。

それならいっそ、、、、。

 「宮下さん、、、俺と七奈の記憶抹消してください」

宮下さんが、酷く悲しそうな顔をしていた。
俺は、七奈の記憶からいなくなる事を決めた。七奈の母親に言って、俺との携帯の写真も履歴も全て消してもらった。
もう跡形もなく、俺は七奈の前から消え去る事にした。