僕は待つ、君の頭の片隅で

 私はそのまま何日か入院した。母もすぐに駆けつけて、泣きながら私を抱きしめて「そんなに辛いなら就活辞めなさい」と無茶な事を言った。
 薬のおかげで久しぶりに深く、ぐっすり眠れたせいか、私はどんどん正気になっていった。
けれど、心の怠さは取れる事はなく無気力な状態は続いた。
 翔也から心配するメッセージが届いていたが、どうしても会いたいという気持ちにはなれず『翔也の好きな人と幸せになって下さい』とだけ返信した。

 翔也の性格を私は小さい頃からよく知っていた。遊びで女の子とあんな事が出来るような人ではなかった。
 少なからず、あの子に惹かれて好意を抱いているのは確かだった、、、。私を追いかけてきたのは情があったからだけだと思う。
 私達の関係は好きな気持ちだけではなく、幼馴染という長い付き合いの情だけで繋がれていたような気がする。もうずっと前から恋愛関係としては、破綻していたのかもしれない。
 ただそれに気づかないふりをしていただけで、、、。

 私はあんなに演技で笑う事が出来ていたのに、すっかり笑う事が出来なくなっていた。ほっぺを持ち上げて笑おうとしても、何故か上手くいかない。そして怒る事も泣く事も出来なくなっていた。自分の感情が何処か遠くへ行ってしまったみたいだった。

 「七奈ちゃん!気分はどう?」

病室の扉が勢いよく開いて宮下さんがやってきた。宮下さんは必ず一日一回は、忙しいのに私の病室へ来てくれていた。

 「なぁ〜んにも変わらないです。ただ、毎日毎日この病室の窓から雨雲を見つめて時間が過ぎるのを待っているだけです」

私の言葉に笑いながら、宮下さんは乱暴に勢いよく私のベッドの横の丸イスに腰をかけた。

 「あのさぁ、そういう事言ってると、入院長引いちゃうからね!?へたな泣ける歌の歌詞みたいな事、他の看護師の前で言わない方がいいよ?」

 「いいですよ。長引いても。入院してたいですもん。私、退院したら強制的に実家に連れていかれるんですよ?うちの母再婚して、年下の彼氏とすっごくラブラブなんですよ。私その家に連れていかれるんですよ?逆に病みませんか?」
 
 母には本当に申し訳ない事をしたと思っている。土下座して謝りたいくらいの気分だが、実家に長期間いるのは、正直言うと気が重かった。
母の再婚相手の彼氏も凄く良い人で、私は二人の、再婚に大賛成だが、三人で暮らすのはまた話しが別だ。
 けれど母からして見れば、また私を一人にさせるのは不安で仕方ないのだろう。
あの日はたまたま、管理人さんが私宛の荷物を預かっていて届けに来てくれたから、私が倒れているのを発見してくれて、大事には至らなかったが、ずっと発見されていなかったらそのままきっと死んでいた。

 「まあ、気持ちはわからなくもないけど、でもぜーんぶ自分のせいだから仕方ないでしょ!それだけ馬鹿な事したんだから!」

宮下さんに正論を言われて、私は何も言えなくなる。

 「七奈ちゃん、キャンプしてきたら?」

宮下さんに、突然そんな事を言われて私は少し驚いた。

 「キャンプ?急に何ですか?」

「ほら、前から話してるでしょ?私がキャンプにハマってる話し!」

確かに宮下さんは、数年前から急にキャンプにハマって、しかも女性一人でキャンプをしていて凄いなぁと思っていた。

 「知ってますけど、私生きてきて一度もキャンプなんてした事ないし、出来るわけないじゃないですか」

思い返すと、そう言えば翔也もキャンプが好きでよく友達や一人でキャンプへ行っていた。
私も何回か誘われたが、テントで寝るのに抵抗があってついて行った事はなかった。

 「大丈夫!道具なんて動画見ればすぐに使えるようになるから!私のお気に入りのキャンプ場があってさ、景色がめちゃくちゃ良いのよ!富士山どーん!!湖どーん!!って感じで、あの景色をみたら七奈ちゃんの心も動かされると思うのよ」

宮下さんが私に熱心に勧めてくるが、とてもじゃないがそんな気分にはならなかった。
その後、宮下さんが携帯でそのキャンプ場で撮った写真を見せてくれた。
 確かに富士山が目の前にあって迫力はありそうだった。