自分の心臓からドクドクと血液が流れていく音が聞こえた。手先が震えて私は持っていたコンビニの袋を落としてしまった。
 グシャッと不気味な音を立てて、ケーキはぐちゃぐちゃになった。あんなに綺麗に飾り立てられていたケーキだったのに、見るも耐えられない姿へと変わっていた。

 翔也がその音で私の存在に気がついた。目が合った瞬間に翔也の瞳が動揺し、愕然とした表情になっていた。女の子の顔を一瞬見て、スーツ姿の事から、多分翔也と同じ会社の子だと悟った。
 玄関に置いてあるピカピカの綺麗な薄いピンクのパンプスを見て、思わず私は小さな声で「ごめんなさい、、、」と言って部屋を出た。

 雨が強くなっていた。

私は黒いパンプスで思いっきり走った。息が苦しかった、呼吸しているはずなのに何故か息が上手く吸えない。むしろ呼吸ってどうするんだっけ?こんな時なのに少し考えてしまった。足元も濡れてぐちゃぐちゃだし、服が身体に纏わりついて気持ちが悪かった。

 「七奈!!」

後ろから翔也の声が聞こえた。夜の住宅街にいやに翔也の声が響いた。私はどんな顔をして翔也の顔を見ればいいのか、もうわからなかった。
 さっきの女の子とキスをしているシーンしか思い浮かべる事しか出来なかった。

 「七奈!!待てって!!」

翔也が私の腕を掴んだ時に、私は反射的にその手を振り解いた。触って欲しくないと身体が勝手に反応した。翔也が私に持っていた傘をさした。

 「ごめん、さっきのは違うんだよ、、、」

 違う、、、?何が違うっていうんだろう?私は今確かにこの目で見たのに。
こんなつまらない言い訳を、翔也から聞く事になるなんて思わなかった。私はずっと翔也の事を信じきっていた。長い付き合いだし、翔也の事はよくわかっているつもりで、確かに愛されていると私は感じていた。こんな裏切りをされるなんて、疑った事もなかった。

 頭の中に、あの綺麗なピンクのパンプスが思い浮かんだ、、、。

「翔也、、、翔也も、もう私は必要ないんだね」

 胸の中が息ぐるしくて、とりあえずそれだけを何とか言葉に出した。翔也がまた私の腕を掴んだ。

 「もういいから!いらないなら早く捨ててよ!!」

 私はそう叫んでまた走り出した。
あんなに好きだった翔也の顔も声も思い出したくもなかった。何処で何を間違えてこんな事になってしまったのか検討もつかなかった。
就活のせい?私が誕生日を忘れたせい?

 自分の家の玄関の扉を閉めて、明かりもつけずにうずくまって、自分で震える自分の身体を必死に抱きしめた。そうでもしていないとガラガラと足元から崩れていってしまいそうだった。

 暗闇の中で私の携帯のディスプレイだけが青白く光っていた。私は震える手でメールを開くと、、、


 不採用通知だった───


 私はそれを見た瞬間、喉の奥から声ともならない声で叫んでうずくまった。
 あんなに別人になりすまして挑んでも、結局私は選んでもらえなかった────。

 どんなに取り繕っても、結局私は何処までいっても私で、誰にも必要とされていない。
 生きている意味なんてないと思った。
どんなに、光を探しても私は暗闇の中で一人迷い続けて絶望しか感じれなくなっていた。

 五年前の私は確かに生きたいと、心の底から願っていた。生きていれさえすれば、なんだって出来るはずだと希望しかなかったはずだ。

 なのに、、、私は何でこんなに今死にたくて仕方ないんだろう。理屈じゃない、生きていることが不安で怖かった。

 私は部屋の机の引き出しを開けて、薬を取り出した。就活を始めてから夜に眠れなくなって病院で薬を出してもらっていた。
飲むと朝起きるのが辛かったので、飲まないでとっておいていたのが沢山残っていた。私はそれを全部フィルムから出して、大量の錠剤を手に取った。白い粒は私の手の平で不気味なくらいに白く光っていた。
世界から音が消えてしまったみたいに、自分の心臓の音だけが聞こえた。
 怖さは全くなかった。生きている事の方がよっぽど怖かった。全てから解放されて

 

これでやっと楽になれると感じていた────