夕方になって、私は一人で管理棟の受付で明日の予約の確認をしていた。
 夏休みのオンシーズンという事もあり、予約は連日埋まっていた。時刻は十八時を過ぎていたが、永斗君はまだ帰ってきていなかった。
永斗君の帰りの時間を気にしている自分が、嫌だったが、私は心の何処かで『早く帰ってこないかなぁ』と思っていた。
 正直に自分の気持ちを言うと、永斗君がいないとつまらなかった。いつも明るくて楽しい永斗君がいないと、バイトの楽しさも半減したし、永斗君がいるだけで安心感があった。

 でも、たまにしかないせっかくのデートだとしたら、夜遅くまで一緒にいたいのが普通だろう。私は勝手にデートだと決めつけていただけだが、考えていると胸の奥が苦く、もやもやした感情が溢れてきた。

 私に、これだけ優しくしてくれる永斗君は好きな人にはどれだけ優しく、大切に接するんだろう。そんな事を一人ぼーっと考えていると、急に心に空いた穴に隙間風が吹き込むように寂しさを感じた。
 しばらく一人で寂しさと戦っていると、岸さんが帰りの準備をして、私に声をかけてきた。

 「七奈ちゃん、お疲れ!永斗まだ帰ってきてないのか、一人で大丈夫?何かあったらすぐに俺の携帯に連絡して」

「大丈夫ですよ、お疲れ様です」

「もう、いいから後はゆっくり休憩しといて。
ほらっ!これあげる!」

そう言って岸さんが、私に可愛く包まれた高級チョコレートを投げてくる。

 「わーい!チョコだ!ありがとうございます」

岸さんは笑顔で手を振って帰っていった。
岸さんが、帰ると直ぐに受付の電話が鳴り出して、私は慌てて電話に出た。

 「はい。管理棟です」

『すみません!もう物品の貸し出しって終了ですか?』

キャンプ場では、テントやタープなど物品の貸し出しをしていた。
 しかし、貸し出しの時間は十八時までになっていた。今の時刻は十八時を過ぎていた。

 「終了してますが、どうしました?」

『実は、焚き台が壊れてて、焚き火ができないんですよ。借りれたらなぁって思ったんですが、無理ですか?』

「大丈夫ですよ。管理棟までこれますか?貸し出しの申請書の記入をお願いしたいんですが」

『ありがとうございます!直ぐに行きます』

 私は電話を切って、管理棟の玄関のドアの鍵を開けた。一人だと怖いので、管理棟の鍵を閉めていたのだ。しばらくすると、一人の男性が歩いてきた。私は見覚えのある顔に少し緊張した。
チェックインの時に、私に声をかけてきた"タイチ"と呼ばれていた大学生だった。

 「ごめんね、七奈ちゃん!時間過ぎてるのに頼んじゃって!」

「いえ、大丈夫ですよ。焚き火台壊れちゃったんですね、大丈夫ですか?」

「大丈夫、古い焚き火台だったんだよ、何年も前からサークルで使ってる焚き火台だから」

「そうだったんですね。こちらに記入をお願いします」

私が貸し出し用の紙を渡すと、彼は髪を耳にかけて記入しはじめた。
 私は一旦奥に行って、貸し出し用の焚き火台を持ってきた。

「ねぇ、七奈ちゃんは何歳?大学生?」

「二十ニ歳です、大学生です」

「そうなんだ。じゃあ、ここはバイト?珍しいよね、女の子がキャンプ場のバイトなんて」

「そう、、、なんですかね?夏休み期間中だけなんで、、、」

「そうなの?じゃあ家は何処なの?」

なんだかどんどん質問責めにされているが、初対面の女の子に話しかけるのに慣れているのか、どんどん会話が進んでいく。

「東京ですけど、、、」

「マジで?俺も東京だよ。えー夏休み期間中ここに住み込んでるって事?凄いなぁ!そんなにアウトドア好きなんだ」

「、、、まあ?」

私がそう曖昧な返事をすると、彼が思いついたように私に言ってくる。

 「そうだ!ちょっと聞きたかったんだ、ここにシェラカップ売ってるじゃん?一人誕生日の奴がいるから帰りに買って行こうと思うんだけど、二種類あるけどどう違うの?」

私は質問されたので、受付から出て彼のいる物販が置いてある方へ行った。確かにサイズの違いのシェラカップが二種類あって、それぞれ素材が違うので商品を渡して説明した。

「そうなんだぁ、成る程ね。でもいいね、俺アウトドア好きな子めっちゃタイプだわ。
 結構女の子嫌がる子多いでしょ?キャンプとか、虫が嫌とかテント嫌とか言ってさ」

「そうかもしれないですね。私も最近好きになっただけなんで」

彼が私の顔を見つめてくるので、途端にドキドキしてきた。
 
「七奈ちゃん、受付の時に言ったの嘘じゃないからね。タイプだってやつ」

「はぁ、、、。」

なんだかんだ言いながら、彼が距離をつめてくるので、私は思わずのけ反る。

「七奈ちゃん、彼氏いるの?」

そう聞かれて返事に困った。私と翔也は終わったのだろうか?私が一方的に終わらしたが、翔也が今どう思っているかはわからなかった。
私が返事をしないと、彼は構わず私に言ってくる。

「まあ、どっちでもいーや。連絡先交換しようよ。帰ったら東京で会おうよ」

物凄い、ぐいぐいくるので、もはやどうしたらいいかわからなかった。
全て彼のペースで、話しの主導権は完全に彼だった。きっと、私以外にも沢山の女の子に同じ事をしているんだろう。
 手慣れた感じから、女の子と遊んでる感じをひしひしと感じた。私はもちろん連絡先なんて教えるつもりはなかった。この人と連絡先を交換した所で、一、ニ回寝て捨てられる未来しか見えなかった。

 「連絡先はちょっと、、、いいかなって」

私がやっと返事をすると、彼は何故か笑いだした。

 「なんか、そのガードがかたい感じも、めちゃくちゃ好きなんですけど。ダメなの?ショックなんだけど、俺はこんなに七奈ちゃんがいいって言ってるのに」

"私がいい、、、?"

私はその言葉に止まってしまった。胸の奥から何とも言えない複雑な感情が芽生えた。
これだけ誰にもいらないと言われ続けて、最終的に翔也にも心変わりされた私を、この人は"私がいい"と言った。

 もちろん、真剣に言ってるわけじゃない。美味しそうな料理を目の前にして"これがいい"て言うくらいの感情だとは、私だってわかっている。

 けれど、嘘だとしてもただの軽い気持ちだとしても、私は心の底からその言葉を欲していた。
私は何も言えなくなってしまった。
彼はそれをオッケーのサインと取ったのか、私の肩に腕をまわしてきた。
 私と彼は見つめあって、一瞬時間が止まった気がした。その時、急にピリっとした空気に気がついた。

 「何してんだよ」

突然後ろから声がして、驚いて振り返ると扉の所に永斗君が立っていた───────