私は家に帰るとベッドに身を沈めた。私は地元も東京だが、大学入学をきっかけに一人暮らしをしていた。高校生の時に病気をしていた事もあり、母は私の一人暮らしには反対していた。
 けれど母はずっとシングルマザーで私を育てていたが、私が大学入学と同時に再婚した。母の再婚相手は嫌いではなかったが、なんとなく一緒に住むのは気を遣って嫌だった。
 昔からの幼馴染の翔也が近くに住む事で、母は仕方なく私の一人暮らしを許してくれた。だから、私と翔也のアパートは歩いて五分くらいの距離だった。

 この六畳のワンルームに一人でいると、何となく孤独が襲いかかってくる。だったら、翔也に来て貰えば良かったが、翔也も明日は朝が早かったし、社会人になりたての翔也に迷惑をかけたくなかった。
 結局、明日の面接の準備をして私はベッドに潜り込んだが、なかなか寝付く事が出来ずに朝まで一睡もできなかった。
 
 面接当日、私は重たい頭を何とか持ち上げて黒いリクルートスーツに腕を通した。
 髪の毛を黒いゴムで一つに結び、玄関に置いてある黒いパンプスを、ため息をつきながら眺めて、仕方なく足を入れた。

 外へ出ると今日も相変わらず、灰色の空から霧雨のような雨がしとしとと降っていた。私はアパートの階段を降りると、アスファルトに溜まっていた水溜りに気にせず、パンプスのまま踏み入れて歩いていった。

 今日は食品会社の事務職募集の面接だった。
ここの会社で本当に働きたいのかと言われたら別にそんな事はない。
 ここでないとダメな理由なんてものは一つもなかった。私が欲しかったのは採用通知、それだけだった。

 本当にやりたい仕事も、本当に入りたい会社も、本当の自分も、全ての"本当"が私の中から消えていた。
もう、わけがわからなかった。嘘をつけば解決するならそれでいいと思った。私はこの日面接で違う人間になる事にした。
 やる気に満ち溢れ、自信に溢れて積極的な人間。リーダーシップに溢れ皆んなに慕われている、そんな翔也みたいな人間に見えるように嘘をついて、演技をした。
 心なしか、面接官の反応がいつもとまるで違った気がした。
 その後のグループディスカッションでも、私は演技を続けた。ここでも周囲の反応はまるで違った。私は人に求められる人間になろうと思った。いつもより今日は上手くいったと、私は手応えを感じて満足していた。
 早くこうしていれば良かったのだと、今まで素の自分で面接に挑んでいた事を後悔すらしていた。

 面接が終わると、私の気分は何故かハイだった。そのままバイトをしている駅前の居酒屋でも残業を頼まれたが快く引き受けた。
 いつもズル休みをする、バイトの子の代わりだという事はわかっていた。けれど私は笑顔で『いいですよ』と言った。
 私が求められるのならば、眠くてもきつくても働こうと思った。

 私が元気よく働いていると、同じバイトの美香(みか)が休憩中に話しかけてきた。
美香は同じ大学四年で、同じく就活真っ最中だった。

 「七奈、随分今日やる気があるね?ってか、残業ってあのサボりの子の代わりでしょ?腹たつよね、いつもサボってさぁ。店長も辞めさせたらいいのに」

 そう言って、美香は狭い休憩室の小さいテーブルで化粧を直し始めた。

 「人がいないからね、少しでも出てきてくれるなら、辞めさせたくないんじゃないかな?
今日だって月曜日なのに、団体で来てるし」

「そうそう、あれK大学の子達だよね?サークルの飲みかな?この辺大学多いから、結局平日でも客が入るんだよね。あっ七奈!言い忘れてた!私内定決まった!」

、、、え?

 私は思わず見ていた携帯から顔を上げた。