僕は待つ、君の頭の片隅で

 次の日、私はまた荷物を持ってキャンプ場まで行った。母に連日送迎してもらって申し訳なかったが、実際荷物が多かったので、とても助かった。
 私と母がキャンプ場へ着くと永斗君が出てきて荷物を運ぶのを手伝ってくれた。

「多目的室?」

「そう。多目的室結構せまいから、七奈ちゃんでも怖くないんじゃないかなぁって。一応ベッドとかはもう用意してあるから」

私は今日から一ヶ月はこの多目的室が自分の部屋になるようだった。確かに普通の教室に比べたら狭いが、それなりにやっぱり広いは広い。
 私は夜になったら怖くなるんじゃないかと思ったが、あまり考えない事にした。
 母は岸さんと永斗君に挨拶すると帰っていった。

 「さあ!じゃあ仕事始めますか!」

永斗君がそう言って私にTシャツをくれた。
キャンプ場の名前の入ったTシャツだった。

 「ありがとう!がんばる!」

 私は永斗君について、仕事を開始した。
キャンプ場のチェックインは十四時からだったので、まずチェックイン作業からだった。
予約の人達にキャンプ場の説明をして、受付表に記入してもらう。
 それが終われば、このキャンプ場は、廃校の校庭とその先の湖の方とキャンプサイトが二つに別れているので、炊事場やトイレの掃除や、サイトのゴミ拾いなどをした。

 私と、永斗君で手分けしてやったが、土地が広大なだけに、かなり大変だった。

 「七奈ちゃん!薪割りするよ」

サイトのゴミ拾いが終わって帰ってくると、永斗君が私に言ってきた。
キャンプ場では、薪を一束五百円で売っていたので、その薪割りもしなければならなかった。
けれど、私は薪割りなんてした事もなかったので、なかなか上手く薪割りが出来なかった。

 「七奈ちゃん!はい!思いっきり斧振り上げて、そんで振り落とす!はいっ!頑張れ」

永斗君はいとも簡単に次々に割っていくが、私はなかなか斧が入っていかなかった。

 「むずい!全然入っていかない」

私が嘆いていると、永斗君は軽快に薪を割りながら「振り落とすだけだよ!はい!頑張って」と言ってくる。そんなこんなで、ぐずぐずしながらも、やっているうちに薪を割れるようになってきた。

 「コツ掴んだね!上手く割れるようになってきたじゃん」

段々割るのが楽しくなってきて、私は薪を割り続けると身体中が痛くなってきた。

 「凄いね、、、キャンプ場で働くって重労働なんだね」

今日、半日働いただけでも私はへとへとだった。永斗君は慣れているのか、全然楽そうだった。

 「そうだね、体力使うよね!まあ、慣れちゃえば全然平気だよ」

私達が管理棟の方へ行くと、岸さんが待っていた。

 「おーい!カレー作ったから早く食べよう」

私と永斗君で「わーい!」と言って管理棟へ走っていった。私達は三人で夕飯のカレーを食べた。カレーを食べながら、岸さんの昔の話を聞いた。

 「岸さんは、昔は登山家だったって事ですか?」

岸さんはキャンプ場を開く前に、海外の様々な山を登ったと話してくれた。

「登山家ではないんだよ。登山する人達の料理を作る料理人をしていたんだ」

「料理人ですか?だから今日のカレーも凄く美味しいんですね」

岸さんが作ってくれたカレーは、スパイスが効いた本格的なカレーだった。料理人だと言われれば頷ける。

 「ヒマラヤとかの山を登る時は何日もかかるからね、登山家の料理人は一緒に山に登りながら、登山者が元気になるような料理を、ある限られた材料で作るんだよ」

「なんだか、凄く過酷な気がしますね。自分だって山を登ってへとへとなのに、更に料理を提供しなければいけないなんて、、、」

岸さんは、カレーのスプーンを置いて茶目っけのある笑顔で私に言った。

 「過酷だよ。何度も高山病で死にそうになった。辛くてね、四千メートルを超える山なんて極寒だし。それこそ、落石なんかで途中で命を無くす登山者もいてメンタルはボロボロ、山を降りたいと何百回も思ったよ」

 話しを聞いてるだけで、大変そうだった。
何故そんな仕事を選んだのか私は興味がわいてきいた。

「どうして、そんな大変な仕事をしようと思ったんですか?」

「大変で過酷で、皆んな命がけで登っているから、精神的にもギリギリの状況でね、そんな酷い状況下の中で、美味い料理を提供出来ると、泣いて喜ばれる。生きる事は食べる事なんだよ」

「食べる事、、、」

「美味い料理を食べれば、また少し頑張ろうと思ってもらえる。そんな風に自分の料理で他人がパワーを蓄えている光景を見るのが癖になってね、苦しくても辞められなかった。
人間が頑張れるのは、自分の為じゃないからだよ。人の為だから、どんなに辛い事でも頑張れるんだよ」
 
 岸さんの話しは凄く素敵な話しだった。
私は就職活動中に、そんな思いになった事はあっただろうか?ただ、将来の自分の安定が欲しいから安定した企業を選んでいた。
人の為に何かをしたい気持ちなんてなかった気がする。私は一体、どんな生き方をして、どんな人生を歩んで行きたいのか、今は全くわからなかった。