携帯に来ていたのはもう何通目かもわからなくなっていた、不採用通知だった。

 六月、東京──────

 今日もじめじめとした雨が降り続いていた。
吉祥寺の井の頭公園近くのオープンカフェで、私は携帯のメッセージを見て、そっと消した。
店先に植えられていた、植物達が気持ち良さそうに雨粒を浴びていた。
 私はそれを恨めしそうに見ながら、小さく長くため息をついた。
 私、瀬川(せがわ) 七奈(なな)は東京の大学に通う四年生で、就活真っ只中だった。
というか、就活サークルに入っているような意識高い系の子達はもう既に有名企業から内定をもらっていて、私は完全に出遅れた方だった。
 
 今更焦っても仕方がないし、前から『就活は早めに済ませておいた方がいいよ』と先輩達からもアドバイスは貰っていたから、わかってはいた。
 けれど私が何故ぐずぐずして、この時期まで就活に本腰を入れてこなかったかと言うと、、
、自分がどんな仕事に就きたいか、全くわからなかったからだ。
 明確に自分がやりたい事がわかっていれば簡単だ。それに向かって進んで行けばいいんだから。けれど、私は将来自分がどう進んでいったらいいか、目標もビジョンもなくただ漠然と不安だった。

 「七奈!お待たせ!待った?」

そう言って傘をさしながら、私の前に現れたのは私の幼馴染で、彼氏の真柴(ましば) 翔也(しょうや)だ。
 翔也は私と同い年だ。私は高校の時に脳の病気で長期入院していて、高校に通学出来ずに結局中退してしまった。
その後、高卒認定試験を受けてから大学へ進学したので、大学は一浪する形となった。
 翔也はきちんと就職活動をしていたタイプだったので、私より一年早く希望通りの金融系の会社に就職した。

「待った〜三時間くらい」

「嘘だろ?待ち合わせ十四時だったよな?」

「嘘。自分で好きで待ってたの。っていうか、エントリーシート書いてたぁ。もう早く就活終わらせたい」

私が嘆くと、翔也が自慢げに言ってくる。

「だから、俺を見習いなさいと何回も言ったんだよ。七奈がバイトにうつつ抜かしている時に忠告しただろ?大きい企業は早めに決まるから、動き出すのは、はやいに越した事ないんだぞって」

「はいはい、翔也は私と違って出来る系就活生だったもんね、流石だよ大手から内定もらってさ」

私は、ついつい翔也に嫌味を言ってしまう。
最近は、妬みからか翔也の軽口にもついトゲトゲしい返しをしてしまう。それ程自分が追い込まれているのかもしれない。

「何?機嫌悪いの?まぁストレスたまるよなぁ。就活中は、じゃあそろそろ行こう。映画始まっちゃうぞ」

翔也は何も気にせず、私の不機嫌を流して席を立った。翔也は就職してから一気に大人びた気がしていた。安定しているというか、落ち着いているというか、私とは違い、余裕を感じる事が多い。
 翔也は、昔から勉強もスポーツも出来てクラスの中心的人物だった。
もちろん女の子にもモテていたいし、正直何故私を好きになってくれたのかもよくわからない。
 私はどちらかと言うと、自分の意見を言うのが苦手で、グループを引っ張っていくタイプではなく、あとからついて行くタイプだし。
 目立ちたくもないし、根暗な人間だと思う。
それでも、翔也は性懲りもなく今だに私と付き合ってくれている。

 翔也と私は小雨が降る中映画館まで歩き、映画を見た。今話題になっていた、逃亡劇のサスペンス映画だった。確か、公開してすぐに結末の大どんでん返しが話題になって人気になり、私も翔也も『絶対見たいね』と言っていた作品だが、最近の私は好きな映画も、本も楽しめなくなっていた。
 なんていうか、物語に集中出来ずに常に頭に砂嵐がかかっている気分だった。