八月二十六日、火曜日。アルバイト終わりに柚月が迎えにきて、そのままアパートまで送ってくれた。明日はお腹を見せる日だと思うと、いつも通り振る舞えた気がしない。ぎこちなくなかったぢろうか。
自室の窓から、帰っていく柚月の後ろ姿を見送る。その姿が闇に溶けたところで聞こえたスマートフォンの通知音。電話だと思うと心が躍って、慌ててリュックを漁り、機器を取り出した。だって、葵の元に届くのは愛しい彼からの連絡がほとんどなのだ。ところが、画面に表示されていたのは、柚月ではなくて親友の春の名前だった。珍しい連絡に、どうかしたのだろうかと思いながらも通話ボタンをタップする。機器を耳に当てると、『葵、元気かあ』という大きな声が聞こえてきた。
「春、元気だよ。春は?」
『俺は元気すぎて、葵を心配する余裕もある』
「なんだそれ」
相変わらずの春に呆れていたら、電話の向こうの気配が明らかに変わった。春は奇想天外な男だから、何を言われるのかと思わず身構える。
『柊木くんとはどうした』
「どど、どうしたって?」
『お前らが夏休み前にくっついたことくらい知ってるんだよ』
「な、なんで?」
『柊木くんの目が変わったの。お前に弁当を作らなくなって明らかに辛そうだったのに、気がついたらキラキラしちゃってさ』
「……へえ」
『でも、ずっと順調ってわけにもいかないだろ。そろそろ恋に悩んでる頃かなと思って、電話してやったってわけよ』
恋に悩んでいるといわれたら、確かに悩み続けているかもしれない。柚月との関係は心地良くて、例えるらば一直線といった感じだ。そんな関係が明日変わるかもしれない。葵が柚月にお腹を見せる日と言えばバカらしく思えるけれど、もしもそれだけではなかったら葵はどうしたら良いのだろう。
「春、俺のお腹って見てみたい?」
『葵のお腹?ちょっと興味あるな』
「なんでだよ」
『柊木くんが、葵のお腹見たいって?』
「う、うん。でもそれは色々あった上で、見とかないといけないかなって感じだと思う」
多分そのはずだ。柚月だって、芸能の世界に身を置いている以上は葵同様に負けず嫌いでもあるだろう。葵が勝手にその辺の男に見せたのだから、柚月も見ておかないとかなと思っているに違いない。
『葵のお腹、どんな感じ?』
春に聞かれて、電話をテレビ通話に切り替える。春もその気配を感じたようで、すぐに画面いっぱいに春の顔が映った。
「こんな感じ」
葵がTシャツを捲り上げてお腹を映すと、春は『なるほどな』と言った。一体何がなるほどなのか。
『葵、悪いけどな』
「うん」
『葵、柊木くんほどの男はな、女の子のお腹くらい、いや、裸くらい見慣れてるよ』
「……え?」
『お前のお腹も悪くはないけど、色気がないな』
「色気」
それは葵の永遠のテーマでもあった。いつかは色気が欲しいと思っていたけれど、やはり葵にはお腹でさえもないのか。柚月が女の子のお腹を見慣れているという話も説得力がある。裸は見慣れていてほしくはないけれど、柚月ほどの男なのだからわからないところだ。思わず「うーん」と考え込むと、しばらくして春が『葵』と名前を呼んだ。
「なに?今色気について考えてる」
『どうせ葵には色気がないと思ってたからさ、俺なりに考えたんだよ』
「なんか失礼だけど、なにを考えてくれたわけ?」
『俺、葵の色気ポイントは、肩だと思う』
「肩?」
もう面倒になって、スマートフォンを床に放り出してから葵はTシャツを脱いだ。自分の体を見下ろしてみると、柚月のお弁当のおかげで痩せ細っているという感じではなくなっている。細いけれど引き締まっていて腹筋も薄く見えるのだ。でも女の子らしい感じでは絶対にないなとしょんぼりした。それから肩に視線を移す。白くてツルツルしていて、悪くない気はする。少し自信を持ってからスマートフォンを拾い上げて、春に肩を見せつけた。
「どう、肩」
『あれ、思ったよりもセクシーじゃねえな』
「なんだと」
葵が怒ると、春はケラケラと笑っている。葵にとっては死活問題なのに、お気楽な親友だ。やはりセクシーではないのか、と画面に映る肩を見つめる。そういえば、バイト中に葵を襲ってきた男にも、貧相な男の体だって言われたのだ。細かいニュアンスは忘れたけれど、葵は女の子みたいに柔らかくもないし、胸だってない。
『まあ、柚月は葵のことが好きなんだから、色気があるように見えるんじゃない』
「そんな適当な」
『まあまあ。また困ったら俺を頼れよ』
じゃあな、と電話を切られてしまえば、残ったのはアパートの一室に上半身裸の葵だけだ。色気がなくて、セクシーじゃなくて、ただただ貧相な葵。春のことは好きだけれど、なにも解決しなかったじゃないかと恨めしく思った。
自室の窓から、帰っていく柚月の後ろ姿を見送る。その姿が闇に溶けたところで聞こえたスマートフォンの通知音。電話だと思うと心が躍って、慌ててリュックを漁り、機器を取り出した。だって、葵の元に届くのは愛しい彼からの連絡がほとんどなのだ。ところが、画面に表示されていたのは、柚月ではなくて親友の春の名前だった。珍しい連絡に、どうかしたのだろうかと思いながらも通話ボタンをタップする。機器を耳に当てると、『葵、元気かあ』という大きな声が聞こえてきた。
「春、元気だよ。春は?」
『俺は元気すぎて、葵を心配する余裕もある』
「なんだそれ」
相変わらずの春に呆れていたら、電話の向こうの気配が明らかに変わった。春は奇想天外な男だから、何を言われるのかと思わず身構える。
『柊木くんとはどうした』
「どど、どうしたって?」
『お前らが夏休み前にくっついたことくらい知ってるんだよ』
「な、なんで?」
『柊木くんの目が変わったの。お前に弁当を作らなくなって明らかに辛そうだったのに、気がついたらキラキラしちゃってさ』
「……へえ」
『でも、ずっと順調ってわけにもいかないだろ。そろそろ恋に悩んでる頃かなと思って、電話してやったってわけよ』
恋に悩んでいるといわれたら、確かに悩み続けているかもしれない。柚月との関係は心地良くて、例えるらば一直線といった感じだ。そんな関係が明日変わるかもしれない。葵が柚月にお腹を見せる日と言えばバカらしく思えるけれど、もしもそれだけではなかったら葵はどうしたら良いのだろう。
「春、俺のお腹って見てみたい?」
『葵のお腹?ちょっと興味あるな』
「なんでだよ」
『柊木くんが、葵のお腹見たいって?』
「う、うん。でもそれは色々あった上で、見とかないといけないかなって感じだと思う」
多分そのはずだ。柚月だって、芸能の世界に身を置いている以上は葵同様に負けず嫌いでもあるだろう。葵が勝手にその辺の男に見せたのだから、柚月も見ておかないとかなと思っているに違いない。
『葵のお腹、どんな感じ?』
春に聞かれて、電話をテレビ通話に切り替える。春もその気配を感じたようで、すぐに画面いっぱいに春の顔が映った。
「こんな感じ」
葵がTシャツを捲り上げてお腹を映すと、春は『なるほどな』と言った。一体何がなるほどなのか。
『葵、悪いけどな』
「うん」
『葵、柊木くんほどの男はな、女の子のお腹くらい、いや、裸くらい見慣れてるよ』
「……え?」
『お前のお腹も悪くはないけど、色気がないな』
「色気」
それは葵の永遠のテーマでもあった。いつかは色気が欲しいと思っていたけれど、やはり葵にはお腹でさえもないのか。柚月が女の子のお腹を見慣れているという話も説得力がある。裸は見慣れていてほしくはないけれど、柚月ほどの男なのだからわからないところだ。思わず「うーん」と考え込むと、しばらくして春が『葵』と名前を呼んだ。
「なに?今色気について考えてる」
『どうせ葵には色気がないと思ってたからさ、俺なりに考えたんだよ』
「なんか失礼だけど、なにを考えてくれたわけ?」
『俺、葵の色気ポイントは、肩だと思う』
「肩?」
もう面倒になって、スマートフォンを床に放り出してから葵はTシャツを脱いだ。自分の体を見下ろしてみると、柚月のお弁当のおかげで痩せ細っているという感じではなくなっている。細いけれど引き締まっていて腹筋も薄く見えるのだ。でも女の子らしい感じでは絶対にないなとしょんぼりした。それから肩に視線を移す。白くてツルツルしていて、悪くない気はする。少し自信を持ってからスマートフォンを拾い上げて、春に肩を見せつけた。
「どう、肩」
『あれ、思ったよりもセクシーじゃねえな』
「なんだと」
葵が怒ると、春はケラケラと笑っている。葵にとっては死活問題なのに、お気楽な親友だ。やはりセクシーではないのか、と画面に映る肩を見つめる。そういえば、バイト中に葵を襲ってきた男にも、貧相な男の体だって言われたのだ。細かいニュアンスは忘れたけれど、葵は女の子みたいに柔らかくもないし、胸だってない。
『まあ、柚月は葵のことが好きなんだから、色気があるように見えるんじゃない』
「そんな適当な」
『まあまあ。また困ったら俺を頼れよ』
じゃあな、と電話を切られてしまえば、残ったのはアパートの一室に上半身裸の葵だけだ。色気がなくて、セクシーじゃなくて、ただただ貧相な葵。春のことは好きだけれど、なにも解決しなかったじゃないかと恨めしく思った。



