玄関を開けたら、金色の一つの目があった。
それは子猫で、私を見上げて、にゃあ、と高い声で鳴いた。
「……どこから来たの」
私はしゃがみこんで問いかける。
猫相手だし明確な答えがあるなんて思っていないけれど、人間って猫に話しかけちゃうよね。
「にゃあ」
と、また鳴いて子猫は上を見た。
上、空である。
田舎の畑の中の一軒家の上空は隠すものは何もない。
「空から来たの。そうか~」
「杏、どうした?」
私の背後から、兄が声をかけてきた。
今日はみんな、黒い服。
「黒猫さん。あ、抱っこしても逃げない」
「え、子猫じゃん。お腹空いてるか~?」
「なになに、どうしたの」
「猫?」
わらわらと家の中にいた親戚が集まってくる。
黒い服のように重苦しかった空気が、黒猫さんのおかげで和やかになっていくのを感じた。
「こりゃー飼うしかないな」
「でもこんなに人なつっこいなんて、どこかの家から逃げちゃった子かもよ?」
「俺と杏でご近所さんに訊いてみるよ。俺はもう飼いたい」
「私も!」
兄に次いで私も言った。
きっと、みんな心の中では思っていただろう。
うちのムードメーカーだったおじいちゃんが、この子を連れてきてくれたんだろう、って。
「あらまあ、小さい」
車椅子に座ったおばあちゃんが、私が抱っこした黒猫さんの頭を撫でた。
ゴロゴロと喉を鳴らす黒猫さん。
ずっと笑ってなかったおばあちゃんが、にこにこしながら子猫を撫でている。
その様子に、親戚のみんなが泣きそうだけど嬉しそうな顔をする。
おばあちゃんが寂しくないように、おじいちゃんが連れてきてくれた子猫さん……って思ってもいいかな、なんて。
右目に傷があって開けられない様子の黒猫さん。
おじいちゃんは生前、右目が義眼だった。
おじいちゃんの葬儀の日にやってきた隻眼の黒猫は、それからはおばあちゃんから離れないうちの猫さんになった。
END.



