雪哉はこの日3限に牧谷と同じ講義が入っていた。借りていた法律の本は、この講義の時に返すつもりだった。1限が終わった雪哉は、2限がないので食堂にでも行こうかと思って歩いていた。その時、ふと借りた本を机の上に出しっ放しにした事を思い出した。
「あ、そうだ。昨日は涼介が泊まったから、本をしまわずにそのままにしちゃって……」
3限までには時間がある。定期があるから電車賃はかからない。それなら取りに帰ろうと思った。
「まだ涼介いるかな。いたら一緒に大学に行ってご飯でも食べようかな」
そう呟いて、にやける雪哉であった。
 しかし、部屋に戻って玄関の扉を開けると、そこには妹の美雪に壁ドンする涼介の姿が……。雪哉は訳も分からず、心に冷たい物が落ちてきて、咄嗟に走って逃げ出した。闇雲に走り回って、ある程度落ち着いてからまた大学へ向かった。
 電車の窓から外を眺めては、涙が出てくる。雪哉は今、何も考えられなかった。ただただ、足の向くままに進んでいるに過ぎなかった。そして大学に到着し、牧谷に電話を掛けた。
「マッキー?あのさ、本を返したいと思ったんだけど」
そこまで言って鼻をすすった。雪哉はそこで我に返った。そうだ、本を忘れて取りに帰ったのに、本を持って来ないで……それなのに返すという電話を掛けているのだ。
「ユッキー、今からそっち行くから。今どこ?」
牧谷に言われて、今居る場所を言った。まだ門を入ったばかりの中庭にいたのだった。
 牧谷が中庭に現れた。
「ユッキー!大丈夫?どうしたの?」
ハアハア言いながら、牧谷がそう言った。
「え?どうしたのって?」
雪哉はもう泣いてはいなかった。
「あれ?泣いてなかった?」
「泣いてないよ」
嘘だけれど、雪哉はそう言って無理に笑った。そして、これから同じ講義を受けるのだからその教室に行った方がいいと気づいた2人は、一緒に教室へ移動した。
「実はさ……本を返そうと思ったのにその本を忘れちゃって。あはは、ごめんね」
雪哉はそう言ってまた無理に笑った。そして鞄の中から教科書などを出す。すると、
「あ!」
雪哉が声を発した。
「どうしたの?」
牧谷が聞くと、雪哉は呆然とした顔で牧谷の方を振り返り、鞄の中から借りていた法律の本を取り出した。牧谷は笑い出した。
「あはは、何だよユッキー、持ってるじゃん。忘れてないじゃん。あはは」
すると、雪哉も笑い出した。
「あはは、本当だよ。僕何やってるんだろう。わざわざこれを取りに戻ったのに、それで嫌な物見ちゃって……」
「え!?何?嫌な物ってまさか……お化けとか?」
牧谷が過剰反応する。それを見た雪哉は、更に笑い出した。
「あはは、そうじゃないけど、いや、そうだよな。お化けみたいなもんだよ」
雪哉は気づいた。自分の見たものは真実ではないかもしれない。疑心暗鬼になっているだけかもしれない。トラウマに捕らわれて、ありもしない物を見たのかもしれない。
 ちゃんと聞こう。ちゃんと話そう。美雪と、そして涼介と。そう思えたのだった。