「おっと」
スキー場のラウンジでスプーンを取りに行ったら、振り向きざまに誰かとぶつかりそうになった。
「うわ、ごめんなさい!」
とっさにそう言って目線を上げると、何とそこにはRYOSUKEの顔があった。
 いやいや、こんなところにRYOSUKEがいる訳がない。他人のそら似だ。けど、だとしたら世の中には、こんなにすごいイケメンがゴロゴロ転がっているものなんだな。
「あの、大丈夫ですか?」
相手が何も言わないので思わずそう聞いたが、
「あ?ああ、大丈夫、です」
とその人は言った。声も似ているような気がするが、RYOSUKEの声は、マイクを通した声しか聞いた事がないからよく分からない。
「よかった。あ、水ですよね。あとスプーンもか」
僕は、その人がトレイにカレーを乗せているのを見て、水とスプーンを取ってあげた。こんなところでRYOSUKE似の人に会えるなんてラッキーだな。
 僕はRYOSUKEのファンだ。RYOSUKEというのは、僕の恋人が所属しているバンドのボーカリストで、すっごいイケメンの大学生だ。ライブで見るRYOSUKEは、キラキラしていて歌が上手くて、すっごくカッコイイのだ。素人なのにたくさんのファンがいて、いつもキャーキャー言われている。僕はただ遠くから見ているだけ。本当は恋人の神田さんに、
「RYOSUKEを紹介して」
と言いたかったが、そんな事は……多分嫉妬されるから……言えない。RYOSUKEのファンだという事は誰にも言えない、胸の内に閉じ込めた僕の秘密だった。
「あ、どうも」
ただの他人のそら似だと思うが、この人と言葉を交わせた事で僕のテンションは爆上がりだった。今日は良い日だ。
 すると、向こうから神田さんが歩いてきた。僕の方を見てツカツカとやってくる。あれ、なんか怒っているような。
「雪哉、何やってるんだ?おい、俺の連れに何手ぇ出してんだてめえ」
何と、神田さんは僕たちの所へやってくると、RYOSUKE似の人の肩を掴んでくるりと反転させた。まさか喧嘩になってしまうのか?
 だが、予想外の展開になった。
「あ!」
「あ?お前、涼介じゃねえか。なんでこんな所にいるんだ?」
「神田さんこそ!なんでいるんですか?」
えー!どういう事?つまり、つまり、これはあのRYOSUKEなのー?
 僕の胸はドキドキを通り越してバクバクし始めた。とうとう、こんなに近くで会ってしまった。あろう事か、大学からこんなに離れた山奥で(と言っても、おしゃれなラウンジだけど)。
 神田さんとRYOSUKEは2人で会話をしている。僕はもう2人の会話など耳に入っていなかった。それよりも、ずっと言いたかった事が今なら言っても許されるのではないか、という考えで頭がいっぱいになる。だって、もう僕とRYOSUKEはバンドマンとお客ではなく、対等な関係でここにいるのだから。
 僕は思い切って言ってみた。なるべくさらりと。
「ねえ神田さん、僕の事も紹介してよ」
すると、神田さんはちょっと渋い顔をしたものの、紹介してくれた。
「ああ、うちのバンドのメンバーの、三木涼介。それでこっちが……」
だが涼介は、僕の名前を聞かずに話を遮った。僕なんかの名前は知りたくもないの?
 一瞬悲しくなったのだが、あろう事か涼介は言った。
「俺、スキー部に入部する!今すぐに」
うっそー!嬉しすぎる。