雪哉の母奈美子は、息子からのメッセージを見て声を上げた。
「紹介したい人ですってー!?」
「どうしたの?お母さん」
美雪が言った。美雪は今、実家に帰省している最中である。
「お兄ちゃんが明日帰ってくるって。紹介したい人がいるから連れて来るって……。ねえ、それってつまり、あれよね。恋人って事よね?しかも結婚とか、考えてるって事よね?」
奈美子はスマホを持ったまま、部屋の中を行ったり来たりし始めた。
「私知ってるよ。すっごいイケメンだよ。お母さんもきっと気に入るよ」
美雪はソファーに座って足の爪を切りながら答えた。
「え?そう、なの?」
「うん」
「明日……明日よね。ああ、どうしよう。何をすればいいのかしら。そうだ、ごちそうを作らなくちゃね。何がいいのかしら。えーと、えーと」
「お母さん落ち着いて」
「そうね、そうよね。落ち着かないとね。ちょっと小学校まで走ってくるわ」
奈美子はそう言うと、スマホをチャック付きのポケットにしまい込み、玄関へ飛び出していった。奈美子はいつでもランニングが出来る服装をしているのだった。
「お母さんってば。うふふ。そっかあ、お兄ちゃんもとうとう結婚かぁ。あれ?結婚出来るの?あの2人」
 「ただいまー」
「早っ!どうしたの?小学校まで行くの辞めたの?」
「行ってきたわよ」
「うっそ、速すぎでしょ」
「お陰でスッキリしたわ。うん、そうよね。雪哉の恋人はいつだって男の子だったんだし、女の子と結婚するわけないものね。イケメンを連れてきたら、目一杯祝福しなきゃね」
奈美子は先ほどまでの切羽詰まった顔ではなく、笑顔を取り戻していた。
「え、そこ?」
美雪は、とっくに雪哉がゲイだと知っている母が今その事に、会わせたい人が男性だという事に動揺しているとは思っていなかったのだ。
「お母さん、お兄ちゃんの事はずっと前から分かっていたでしょ?」
美雪はソファーに座った奈美子の肩に手を置いた。まだ爪を切っている最中だった美雪である。
「分かっていたけど、ひょっとしたら……って。でもいいの。大丈夫。明日楽しみね。そうだ、雪哉の好きな海老フライを揚げよう。お寿司も取っちゃおう!」
「イエーイ!」
美雪が賛同する。
「じゃ、買い物行って来まーす」
奈美子は財布の入ったバッグをひっつかむと、そのまま玄関へスタスタと歩いて行った。
「相変わらずフットワーク軽いなー」
美雪が呟いた。母は汗一つかいていなかったのである。