ホテルのフロントに立ち、業務をこなす。いつしか冬も終わり、アルバイトもいなくなり、少ない人数で細々と回す季節がやってきた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
しかし、訪れる客はいる。誠心誠意おもてなしをする。
 そんな、比較的余裕のある季節。また新人がやってくる。
「三木くん、教育係をお願いね」
1年後輩の伊藤という男子が俺の下についた。一緒にいて、業務を覚えさせるのだ。俺も去年は先輩について学んだ。
 伊藤は物覚えは良かったが、ちょっとドジな所があった。傍目には分かりにくいのだが、よくよく観察するとしょっちゅう物を取り落とすし、膝や手をあちこちに軽くぶつけている。
「痛っ」
と小さく呟く声をあまりに多く聞くので、とうとう俺は吹き出した。
「ぷっ」
「どうしたんですか?」
「あ、いやごめん。余りに君がぶつけるものだから」
「あー、お恥ずかしい」
伊藤は頭の後ろに手をやった。こいつ天然か。その割にはキリッとした見た目をしていて、割とイケメンだ。
 そんな具合にのんびりと、まったりと、業務を教えながら生活をしていたら、ささくれ立っていた心が少し柔らかくなっていった。
「三木くん、最近明るくなったわね。余裕が出たって感じ」
女性の先輩にそう声を掛けられた。
「そうですか?ありがとうございます」
そう返すと、
「ねえ、そろそろ私と遊んでみてもいいんじゃない?」
などと言ってくる。何度も言われている事なのだが。
「またまた、ご冗談を」
「えー、本気なんだけどなー」
そんなやり取りをして、お互い笑ってやり過ごす。多分、どちらかが本気になれば、男女の関係になるのだろう。まあ、そういう女性は1人ではない。2人でもない。何人かいる。時々誘ってくるのを冗談にしてやり過ごしている。
「三木先輩って本当にモテますね。すごいです」
伊藤に言われた。いつも一緒にいると、冗談とはいえそういう話題がちょくちょく耳に入ってしまうので。
「そうか?」
だが、こっちも冗談めかしてやり過ごすつもりだ。
「でも、先輩は女性に興味がないみたいですね。先輩、ゲイでしょ?」
持っていた書類を放り投げそうになった。
「は?いや、そういうわけではないぞ」
妙に汗が出た。
「僕には分かりますよ。僕もゲイですから」
と言われ、開いた口がふさがらなかった。