別れようと言ったって、お互い好きなのに突然疎遠になる事も出来ず。俺と雪哉は結局は別れてはいないのだが、2人きりで会えないという状況に陥った。いつものスキー部トレーニングの日には、一緒にご飯を食べて、ゲーセンに行ったり、公園を散歩したりした。そうなると、人目があるので滅多なことは出来ないわけで。正直欲求不満だ。
 歌のレッスンは、先生の都合だとかでまだ始まらない。3ヶ月でデビューのはずが、半月の間何もしていない。いつまで待たせるのかとソワソワし始めた頃、早瀬から連絡があった。
「電話では何だから、また例のカフェで待ち合わせしよう」
そう言われて、翌日大学の帰りにカフェに寄った。また、早瀬と川上が来た。
「実はね、ちょっと困った事になったんだ」
川上が眉を寄せて言う。
「レコード会社と君のデビュー曲の話を詰めているんだけどね、向こうも運転資金が枯渇しているとかで、このままじゃCDを作れないって言うんだよ。確かに、作詞家作曲家に演奏家、ジャケット撮影のカメラマンにスタジオを抑えたりとかね、色々と金がかかるのは事実なんだ。それで、私たちもまずは負担しようという事になったんだ」
「はあ」
俺が気の抜けた返事をすると、川上は更に前のめりな姿勢になって、声を低くした。
「それでね、当面500万必要なんだ。こちらでそれだけ用意する事になっている。私たちも頑張って用意するけれども、なかなか全部は難しくてね。君、申し訳ないんだけど、100万ほど用立ててもらえないかな」
「え?俺がですか?無理ですよ」
「CDが出て、テレビに出たりYouTubeで流したりすれば、すぐに取り返せる金額だから、何とか親御さんに頼んでもらえないかな」
「親は……親には言ってないんで」
「え、親御さんに言ってないの?デビューの事」
川上が驚いた声を出す。
「はい」
「じゃあ、この間の契約金は、自分で?」
早瀬が言った。
「はい」
「それは偉いね。でも、そろそろ話してもらえないかな。それで、どうにか資金を援助してもらえないだろうか」
懇願される。困ったな。親にはデビューが決まってから話そうと思っていたのに。
 親に話すか、雪哉に電話するか、色々と悩んだ。いや、雪哉に話したら、あいつの事だから何とか金を用意しようと無理をするんじゃないだろうか。親は……反対するだろうな。金が要るなんて言ったら怒られるに違いない。
 親に話すより先に、神田さんに話す事にした。神田さんなら良い知恵を貸してくれるような気がした。
「もしもし、神田さん?あのさ……」
神田さんに電話をして、デビューの話をし、金の話をした。すると、
「お前、それは詐欺だろ」
「え……」
ボカッと頭を殴られたような気がした。ああ俺、何をやっているんだろう。最初は疑っていたのに、すっかり相手のペースにはめられていた。そうだよ、いつまでも始まらないレッスンとか、金が必要だとか、そもそもそんな簡単にデビューが決まるなんておかしいじゃないか。
「はは、あははは」
思わず笑った。笑うしかない。何を無理して雪哉と別れようなどと。バカすぎる。
「何を笑ってんだ?」
電話の向こうで神田さんが怪訝な声を出す。
「ああ、わりい。なんか自分がバカで可笑しくなってよ。ありがとう神田さん。確かにこれは詐欺だわ。金は出さないし、もう連絡も取らないよ」
「それがいい。警察にも行った方がいいんじゃないか?」
「いや、詐欺だという証拠があるわけじゃないし」
「でもお前、最初に5万払ったんだろ?」
「あ!」
そうだ、5万は返してもらわないと。
「そうだな、とにかく返してもらうよ。返してもらえなかったら警察に言う」
「おう、頑張れよ」