週が明けて、また雪哉と一緒の「社会心理学」の日がやってきた。雪哉に会える喜びと、避けられるかもしれないという不安と、その両方が入り交じった情緒不安定な状態で教室に向かう。
入り口からひょいと中を覗く。学生はバラバラに、適度に間隔を空けて座っている。先週と同じ場所に座る人が多い。だから俺もまた窓際の一番後ろに座ろうかと思ってそちらを見た。すると、そこに既に雪哉が座っていた。俺を避けるつもりなら全然違う席に座るだろう。先週俺と隣同士に座ったあの場所にいるという事は、避ける気はないという事だ。俺は嬉しくなって、にやけそうなのを何とか堪え、唇を軽く噛んで窓際へ向かった。
「おはよ」
俺が声を掛けると、雪哉は顔を上げた。
「おはよう」
いつもニコニコな雪哉とは違い、言ってすぐにうつむいた。ちょっと顔が赤い気がする。どうしたの?と聞こうとして辞めた。それよりも言わなきゃならない事がある。
「あのさ、この間はごめん。俺の元カノ……いや、女友達が迷惑をかけて」
謝らなくてはならない。
「ああ、その事か」
雪哉がおでこを片手でちょっと押さえた。
「その……なんて言えばいいのか。彼女にはもちろん悪気があった訳じゃなくて、俺の為にっていうか、その」
なんと言い訳したらいいのか分からず言い淀んでいると、
「ひどいよね神田さん。女の子と2人で遊んでたのにさ、困ったからって僕を呼びつけるなんて。僕の事何だと思ってるんだか」
えー!どういう事だよ。全然「信頼し合って」いやしねえじゃねえか!俺は驚愕した。神田さんはちゃんと雪哉に説明していないのか。神田さんとしては、雪哉と信頼し合っていると思って皆まで言わんという事なのだろう。これはチャンスなのか?友加里の作戦が思った以上に上手く行ったという事なのか?ここで、神田さんの事なんてふって俺の恋人になれと言えば、万事上手く行くのだろうか。
だが、それで本当にいいのだろうか。そうしてつき合ったとして、俺は雪哉と「信頼し合える」間柄になれるのだろうか。雪哉は、可愛いからちょっと付き合ってみるか、というような相手ではない。こんな風に騙して、手に入れて良い訳がない。
「神田さん、もう僕に飽きたのかな。本当は女の子の方がいいのかな。涼介どう思う?これは浮気なんだよね?」
狼狽えている雪哉。俺のせいで悩ませてしまった。可愛そうに。このままではやっぱり寝覚めが悪いや。
「いや違うよ。神田さんは浮気なんてしてないよ」
そう、神田さんにだって申し訳がない。雪哉を奪う事と、濡れ衣を着せる事とは全然違う。勝負に勝つにしても、相手の尊厳を踏みにじる訳にはいかない。
「どういう事?」
「あの日、俺も一緒だったんだ。3人でカラオケに行ったんだよ。俺が先に帰っちゃっただけなんだ」
本当の事を伝えるしかない。
「それなら、涼介を呼び戻せばよかったじゃないか。僕をわざわざ呼ばなくても」
まあ、それはご最もだけどな。俺はちょっとおかしくなった。
「神田さんは雪哉の事を見せつけたかったんだよ、きっと。俺には恋人がいるんだぞって」
俺が笑いながら言うと、
「なんで?」
雪哉がきょとんとして言う。
「彼女、友加里って言うんだけど、友加里が神田さんを堕とそうとしたからさ。それも俺が頼んだんだ」
「へ?」
「俺が、神田さんに浮気してもらおうとして仕組んだんだよ。友加里がすっかり乗り気になって酔ったふりしてくれたんだけど、神田さんはわざと恋人である雪哉を呼んだってわけ。つまり神田さんには全く浮気をする気はないし、何も悪くないんだ」
「涼介……。それ僕に言っちゃうんだ」
雪哉がちょっと呆れた風に言った。
「え?」
「黙っていれば、上手く行ったかもしれないのに」
そう言って雪哉は笑った。あ、やっぱり笑うと可愛いなあ。いや、今笑われたんだぞ、俺。
「だってさ、神田さんは騙しても、雪哉の事は騙したくないから」
そう言って、俺が肘をついてぐっと真横の雪哉の顔を下から覗くように見つめると、雪哉は一瞬黙って俺の目を見つめ、
「もう、何言ってるんだよー」
と言って、俺の肩を片手でバンバン叩き、もう片方の手で顔を隠した。うーむ、何て可愛い仕草なんだ。ちょっと俺の肩は痛いけど。
入り口からひょいと中を覗く。学生はバラバラに、適度に間隔を空けて座っている。先週と同じ場所に座る人が多い。だから俺もまた窓際の一番後ろに座ろうかと思ってそちらを見た。すると、そこに既に雪哉が座っていた。俺を避けるつもりなら全然違う席に座るだろう。先週俺と隣同士に座ったあの場所にいるという事は、避ける気はないという事だ。俺は嬉しくなって、にやけそうなのを何とか堪え、唇を軽く噛んで窓際へ向かった。
「おはよ」
俺が声を掛けると、雪哉は顔を上げた。
「おはよう」
いつもニコニコな雪哉とは違い、言ってすぐにうつむいた。ちょっと顔が赤い気がする。どうしたの?と聞こうとして辞めた。それよりも言わなきゃならない事がある。
「あのさ、この間はごめん。俺の元カノ……いや、女友達が迷惑をかけて」
謝らなくてはならない。
「ああ、その事か」
雪哉がおでこを片手でちょっと押さえた。
「その……なんて言えばいいのか。彼女にはもちろん悪気があった訳じゃなくて、俺の為にっていうか、その」
なんと言い訳したらいいのか分からず言い淀んでいると、
「ひどいよね神田さん。女の子と2人で遊んでたのにさ、困ったからって僕を呼びつけるなんて。僕の事何だと思ってるんだか」
えー!どういう事だよ。全然「信頼し合って」いやしねえじゃねえか!俺は驚愕した。神田さんはちゃんと雪哉に説明していないのか。神田さんとしては、雪哉と信頼し合っていると思って皆まで言わんという事なのだろう。これはチャンスなのか?友加里の作戦が思った以上に上手く行ったという事なのか?ここで、神田さんの事なんてふって俺の恋人になれと言えば、万事上手く行くのだろうか。
だが、それで本当にいいのだろうか。そうしてつき合ったとして、俺は雪哉と「信頼し合える」間柄になれるのだろうか。雪哉は、可愛いからちょっと付き合ってみるか、というような相手ではない。こんな風に騙して、手に入れて良い訳がない。
「神田さん、もう僕に飽きたのかな。本当は女の子の方がいいのかな。涼介どう思う?これは浮気なんだよね?」
狼狽えている雪哉。俺のせいで悩ませてしまった。可愛そうに。このままではやっぱり寝覚めが悪いや。
「いや違うよ。神田さんは浮気なんてしてないよ」
そう、神田さんにだって申し訳がない。雪哉を奪う事と、濡れ衣を着せる事とは全然違う。勝負に勝つにしても、相手の尊厳を踏みにじる訳にはいかない。
「どういう事?」
「あの日、俺も一緒だったんだ。3人でカラオケに行ったんだよ。俺が先に帰っちゃっただけなんだ」
本当の事を伝えるしかない。
「それなら、涼介を呼び戻せばよかったじゃないか。僕をわざわざ呼ばなくても」
まあ、それはご最もだけどな。俺はちょっとおかしくなった。
「神田さんは雪哉の事を見せつけたかったんだよ、きっと。俺には恋人がいるんだぞって」
俺が笑いながら言うと、
「なんで?」
雪哉がきょとんとして言う。
「彼女、友加里って言うんだけど、友加里が神田さんを堕とそうとしたからさ。それも俺が頼んだんだ」
「へ?」
「俺が、神田さんに浮気してもらおうとして仕組んだんだよ。友加里がすっかり乗り気になって酔ったふりしてくれたんだけど、神田さんはわざと恋人である雪哉を呼んだってわけ。つまり神田さんには全く浮気をする気はないし、何も悪くないんだ」
「涼介……。それ僕に言っちゃうんだ」
雪哉がちょっと呆れた風に言った。
「え?」
「黙っていれば、上手く行ったかもしれないのに」
そう言って雪哉は笑った。あ、やっぱり笑うと可愛いなあ。いや、今笑われたんだぞ、俺。
「だってさ、神田さんは騙しても、雪哉の事は騙したくないから」
そう言って、俺が肘をついてぐっと真横の雪哉の顔を下から覗くように見つめると、雪哉は一瞬黙って俺の目を見つめ、
「もう、何言ってるんだよー」
と言って、俺の肩を片手でバンバン叩き、もう片方の手で顔を隠した。うーむ、何て可愛い仕草なんだ。ちょっと俺の肩は痛いけど。



