夜になり、風呂に入った後にみんなで体育館に集まった。学校の体育館ほど広くはないが、バスケのコートが1つ取れるくらいの広さの体育館。流石合宿所だ。そこにテーブルと座布団が並べられ、食事と酒が準備された。これは合宿所の人と俺たちスキー部員が共同で準備したのだ。
演芸会はけっこう盛り上がった。雪哉は広いところでタンブリングを見せてくれた。バック転が出来るとか、羨ましい。あの顔でバック転が出来るなんて、それこそアイドルにでもなれそうなのに。
「雪哉、アイドルになろうとか思った事ないわけ?」
演技を終えて戻ってきた雪哉に俺がそう聞くと、
「ないない、柄じゃないから」
と笑って言う。そうやってニコニコ出来る辺り、アイドルに向いてそうだけど。
「ユッキー、良かったよ!」
「すごいじゃん!」
俺と雪哉の会話をこれ以上続けさせない、というあからさまな態度で、鷲尾と牧谷がグラスを掲げた。雪哉も自分のグラスを持ち、3人でカチンとグラスを合わせた。その後で、鷲尾と牧谷が俺を一瞬睨む。何だよ、俺が何をしたって言うんだ。
そして、とうとう俺の番になった。因みに、順番はくじ引きで決まっていた。俺と神田さんが2人でやる事になって、ギターを持った神田さんがステージ中央の椅子に座り、調弦をする。俺が暇を持て余して神田さんの近くをウロウロしていると、
「何歌うの?」
と部員から聞かれた。
「えーと、紅蓮華」
と言うと、
「ぐれんげ?それってまさか、Lisaの?」
と他の部員から聞かれる。
「そうです」
「すげえ」
「キーは下げますよ」
「まさかのアニメソングかあ」
と誰かが言うから、
「え?神田さん、言ってないの?」
俺は神田さんを振り返った。神田さんは、
「何を?」
と、とぼける。いや、俺たちの会話を聞いていなかったのかもしれない。
「俺たちのバンドが、アニソンバンドだって事」
俺がそう言うと、
「え!?アニソンバンド?」
「うそー!知らなかった」
「まさかの?どう見てもお前らロックだろ」
少々酔ってきた部員達が、口々に好き勝手な事を言う。
「アニソンにはロックもありますよ」
だが、俺は気にせず飄々とそう返す。最近アニソンは熱いのだ。良い曲いっぱいあるのだ。
調弦が終わったので、神田さんが俺に目配せをし、ギターで前奏を弾き始めた。うん、やっぱりカッコイイ。神田さんのギターがカッコイイので、俺の歌なんて脇役だ。部員のほとんどが神田さんの方を見ている。俺はリラックスして歌い出した。いつもそう。ライブでは、神田さんが見た目もギターも目立つので、ボーカルの俺はけっこう気が楽なのだ。MCも俺はほとんどやらない。
部員たちは合いの手を入れて盛り上がっていた。歌いながら部員達を見回していると、ふと、まっすぐに俺を見ている視線を感じた。それは雪哉だった。あ、そうだ。俺、雪哉にカッコイイとこ見せようと思ってこの歌を歌うことにしたのに、すっかり忘れていた。とにかくこの苦行を終わらせようと、そればかり必死になっていて。よーし、今からでも。
雪哉の方を見つめて、手を伸ばす。歌の歌詞に合わせて。女子だとキャー!という悲鳴を上げてくれる、そういうテクニック。だが、当然雪哉は悲鳴を上げない。そりゃそうか。俺は何をしたいんだろう。何を望んでいるのだろう。
歌が終わって、拍手をもらって、席に戻った。やっと落ち着いて飲める。
「イエーイ、ミッキー最高」
酔っているのか、井村がそう言ってグラスを掲げた。
「おう、サンキュー」
俺も自分のグラスを持ってカチンと合わせた。
「どうだった?」
俺が周りのみんなにそう問いかけ、雪哉の顔を見ると、雪哉は顔を赤くしていた。
「あれ、ユッキー顔が真っ赤だよ。もうそんなに酔ったの?」
鷲尾が言うと、
「えっ、いや、そういうわけじゃ。あ、僕ちょっとトイレ行ってくる!」
雪哉は何やら動揺して、ピューっと出て行ってしまった。
「大丈夫かな」
俺がつぶやくと、
「ねえ」
急に、鷲尾と牧谷が顔を近づけてきた。さっきまで酔っ払った風だったのに、真面目な顔をしている。
「な、なに?」
「ミッキーさ、ユッキーの事、狙ってないって言ったよね?彼女がいるから」
鷲尾がすごむ。
「う、うん。言ったよ」
俺はたじろぐ。
「でも、この間彼女と別れたよね?」
牧谷もすごむ。
「それは、そうだけど」
またもや俺、たじろぐ。
「どうでもいいけどさあ、ミッキーみたいなイケメンがチラついてると、困るんだよねえ」
2人は俺から少し離れて、普通の位置に戻った。そして鷲尾がそんな事を言って溜息をつく。
「チラついてるって」
その言い方に俺は苦笑する。まあ、確かに俺はちょっとイケメンだけれども。
「でも、雪哉だってあのイケメンだろ。もう彼女とかいたりしないのか?俺の元カノが、雪哉は人気者だと言ってたぞ」
酒を飲みながら俺が言うと、
「うーん、それは分からないが……少なくとも女の影は感じないんだよな」
牧谷が言った。
「それで、お前ら告ったりしないのか?」
俺がそう言うと、鷲尾と牧谷は顔を見合わせた。そして、
「いやー、無理無理」
と鷲尾は言って顔を伏せ、
「俺は、冗談で何度か言ってるけどな。大抵はぐらかされるんだ」
と牧谷が言った。この間自分がリードしていると言ったのは鷲尾だったはずだが……やっぱりそうは思えん。それにしても、告白をはぐらかすか。雪哉は、もし俺が好きだと言ったらどうするだろうか。やっぱりはぐらかすのだろうか。
全員の出し物が終わると、なんとバスケをやると言い出す。もうさんざん酒が入ってるって言うのにマジかよ。やっぱりスキー部も体育会系だったか。
だが、俺も酔っているから深く考えずにバスケに参加した。そして、雪哉がボールを持ったので、そのボールを取ってやろうと近づいた。すると、クルクルっと俺の周りをドリブルで回ったかと思うと、あっという間にシュートを決めた。俺はほとんど動けずに首だけ巡らせてゴールの瞬間を見た。
「すげー」
俺が呆然としていると、
「ユッキーは中高時代、バスケ部だったらしいよ」
と井村が言った。何?スキーと体操だけでなく、バスケも上手いと?中高とやっていたという事は、本当はバスケが一番すげえんじゃないか?とにかく、運動神経がすこぶる良い事だけはよーく分かった。
翌朝、俺はスキー部のLINEグループに入れてもらい、同室だったみんなと個人的にも繋がった。よし、これで雪哉にも連絡が取れる。みんな車に乗り込み、それぞれの実家に帰る。実家が近い人に乗せてきてもらった人もいる。俺の事は、神田さんが送ってくれる事になった。
「神田さん、実家に帰らないの?」
助手席に乗り込みながらそう言うと、
「来週バンドの練習があるだろ」
と神田さんが言った。そうだった。春休み中にライブがあるので、週1回くらい練習を入れてある。それゆえ、神田さんは大学近くの下宿先へ帰るというわけだ。送ってもらいながら、俺は神田さんに聞いてみた。
「神田さん、なんで雪哉をスキー部に勧誘したの?」
「ナンパしたって言っただろ」
「いやだから、なんでナンパしたんだよ?」
「そりゃお前、イケメンだからだよ。最初はバンドに誘ったんだけど、あいつ音楽は苦手だって言うからさ、それならスキーはどうかって」
なるほど。スキーが上手い事を知っていて誘ったのではなく、最初はバンドに誘ったのか。
「なんだ、俺と一緒か」
俺が言うと、
「お前と雪哉は違うよ、全然」
前を向いたまま(運転しているから当たり前だが)神田さんがそう言った。
演芸会はけっこう盛り上がった。雪哉は広いところでタンブリングを見せてくれた。バック転が出来るとか、羨ましい。あの顔でバック転が出来るなんて、それこそアイドルにでもなれそうなのに。
「雪哉、アイドルになろうとか思った事ないわけ?」
演技を終えて戻ってきた雪哉に俺がそう聞くと、
「ないない、柄じゃないから」
と笑って言う。そうやってニコニコ出来る辺り、アイドルに向いてそうだけど。
「ユッキー、良かったよ!」
「すごいじゃん!」
俺と雪哉の会話をこれ以上続けさせない、というあからさまな態度で、鷲尾と牧谷がグラスを掲げた。雪哉も自分のグラスを持ち、3人でカチンとグラスを合わせた。その後で、鷲尾と牧谷が俺を一瞬睨む。何だよ、俺が何をしたって言うんだ。
そして、とうとう俺の番になった。因みに、順番はくじ引きで決まっていた。俺と神田さんが2人でやる事になって、ギターを持った神田さんがステージ中央の椅子に座り、調弦をする。俺が暇を持て余して神田さんの近くをウロウロしていると、
「何歌うの?」
と部員から聞かれた。
「えーと、紅蓮華」
と言うと、
「ぐれんげ?それってまさか、Lisaの?」
と他の部員から聞かれる。
「そうです」
「すげえ」
「キーは下げますよ」
「まさかのアニメソングかあ」
と誰かが言うから、
「え?神田さん、言ってないの?」
俺は神田さんを振り返った。神田さんは、
「何を?」
と、とぼける。いや、俺たちの会話を聞いていなかったのかもしれない。
「俺たちのバンドが、アニソンバンドだって事」
俺がそう言うと、
「え!?アニソンバンド?」
「うそー!知らなかった」
「まさかの?どう見てもお前らロックだろ」
少々酔ってきた部員達が、口々に好き勝手な事を言う。
「アニソンにはロックもありますよ」
だが、俺は気にせず飄々とそう返す。最近アニソンは熱いのだ。良い曲いっぱいあるのだ。
調弦が終わったので、神田さんが俺に目配せをし、ギターで前奏を弾き始めた。うん、やっぱりカッコイイ。神田さんのギターがカッコイイので、俺の歌なんて脇役だ。部員のほとんどが神田さんの方を見ている。俺はリラックスして歌い出した。いつもそう。ライブでは、神田さんが見た目もギターも目立つので、ボーカルの俺はけっこう気が楽なのだ。MCも俺はほとんどやらない。
部員たちは合いの手を入れて盛り上がっていた。歌いながら部員達を見回していると、ふと、まっすぐに俺を見ている視線を感じた。それは雪哉だった。あ、そうだ。俺、雪哉にカッコイイとこ見せようと思ってこの歌を歌うことにしたのに、すっかり忘れていた。とにかくこの苦行を終わらせようと、そればかり必死になっていて。よーし、今からでも。
雪哉の方を見つめて、手を伸ばす。歌の歌詞に合わせて。女子だとキャー!という悲鳴を上げてくれる、そういうテクニック。だが、当然雪哉は悲鳴を上げない。そりゃそうか。俺は何をしたいんだろう。何を望んでいるのだろう。
歌が終わって、拍手をもらって、席に戻った。やっと落ち着いて飲める。
「イエーイ、ミッキー最高」
酔っているのか、井村がそう言ってグラスを掲げた。
「おう、サンキュー」
俺も自分のグラスを持ってカチンと合わせた。
「どうだった?」
俺が周りのみんなにそう問いかけ、雪哉の顔を見ると、雪哉は顔を赤くしていた。
「あれ、ユッキー顔が真っ赤だよ。もうそんなに酔ったの?」
鷲尾が言うと、
「えっ、いや、そういうわけじゃ。あ、僕ちょっとトイレ行ってくる!」
雪哉は何やら動揺して、ピューっと出て行ってしまった。
「大丈夫かな」
俺がつぶやくと、
「ねえ」
急に、鷲尾と牧谷が顔を近づけてきた。さっきまで酔っ払った風だったのに、真面目な顔をしている。
「な、なに?」
「ミッキーさ、ユッキーの事、狙ってないって言ったよね?彼女がいるから」
鷲尾がすごむ。
「う、うん。言ったよ」
俺はたじろぐ。
「でも、この間彼女と別れたよね?」
牧谷もすごむ。
「それは、そうだけど」
またもや俺、たじろぐ。
「どうでもいいけどさあ、ミッキーみたいなイケメンがチラついてると、困るんだよねえ」
2人は俺から少し離れて、普通の位置に戻った。そして鷲尾がそんな事を言って溜息をつく。
「チラついてるって」
その言い方に俺は苦笑する。まあ、確かに俺はちょっとイケメンだけれども。
「でも、雪哉だってあのイケメンだろ。もう彼女とかいたりしないのか?俺の元カノが、雪哉は人気者だと言ってたぞ」
酒を飲みながら俺が言うと、
「うーん、それは分からないが……少なくとも女の影は感じないんだよな」
牧谷が言った。
「それで、お前ら告ったりしないのか?」
俺がそう言うと、鷲尾と牧谷は顔を見合わせた。そして、
「いやー、無理無理」
と鷲尾は言って顔を伏せ、
「俺は、冗談で何度か言ってるけどな。大抵はぐらかされるんだ」
と牧谷が言った。この間自分がリードしていると言ったのは鷲尾だったはずだが……やっぱりそうは思えん。それにしても、告白をはぐらかすか。雪哉は、もし俺が好きだと言ったらどうするだろうか。やっぱりはぐらかすのだろうか。
全員の出し物が終わると、なんとバスケをやると言い出す。もうさんざん酒が入ってるって言うのにマジかよ。やっぱりスキー部も体育会系だったか。
だが、俺も酔っているから深く考えずにバスケに参加した。そして、雪哉がボールを持ったので、そのボールを取ってやろうと近づいた。すると、クルクルっと俺の周りをドリブルで回ったかと思うと、あっという間にシュートを決めた。俺はほとんど動けずに首だけ巡らせてゴールの瞬間を見た。
「すげー」
俺が呆然としていると、
「ユッキーは中高時代、バスケ部だったらしいよ」
と井村が言った。何?スキーと体操だけでなく、バスケも上手いと?中高とやっていたという事は、本当はバスケが一番すげえんじゃないか?とにかく、運動神経がすこぶる良い事だけはよーく分かった。
翌朝、俺はスキー部のLINEグループに入れてもらい、同室だったみんなと個人的にも繋がった。よし、これで雪哉にも連絡が取れる。みんな車に乗り込み、それぞれの実家に帰る。実家が近い人に乗せてきてもらった人もいる。俺の事は、神田さんが送ってくれる事になった。
「神田さん、実家に帰らないの?」
助手席に乗り込みながらそう言うと、
「来週バンドの練習があるだろ」
と神田さんが言った。そうだった。春休み中にライブがあるので、週1回くらい練習を入れてある。それゆえ、神田さんは大学近くの下宿先へ帰るというわけだ。送ってもらいながら、俺は神田さんに聞いてみた。
「神田さん、なんで雪哉をスキー部に勧誘したの?」
「ナンパしたって言っただろ」
「いやだから、なんでナンパしたんだよ?」
「そりゃお前、イケメンだからだよ。最初はバンドに誘ったんだけど、あいつ音楽は苦手だって言うからさ、それならスキーはどうかって」
なるほど。スキーが上手い事を知っていて誘ったのではなく、最初はバンドに誘ったのか。
「なんだ、俺と一緒か」
俺が言うと、
「お前と雪哉は違うよ、全然」
前を向いたまま(運転しているから当たり前だが)神田さんがそう言った。



