朱莉とは生まれた時から隣にいた。
 母親同士が仲が良く、物心つく前から何度も顔を合わせていたらしい。

 朱莉は幼い頃から気が強くて、自分の意思を曲げない子供だった。
 対して俺は言葉を話し始めるのも遅ければ、歩くのも朱莉より遅かった。
 ついでに足も遅い。これは今でも変わらない。

 保育園の時、初めて俺は朱莉が特別可愛いのだと認識した。
 見慣れたはずの顔がなぜか周りよりずっと輝いて見えたのだ。
 あとから朱莉は顔が整っているのだと気がついた。
 でもそれは小学生くらいだ。
 保育園の時は理由もわからないまま、なぜか眩しい朱莉を不思議に思っていた。

 俺は自分に自信のある時代などないので、いじめまでとはいかなくても仲間外しに合うことが多かった。
 だけど、同い年の子の輪に入れなくて泣いていると、いつも朱莉が話しかけてくれた。

「柊ちゃん、また泣いてるの? しょうがないから朱莉が一緒に遊んであげる。ほら、行こ」

 あの頃、朱莉は俺のことを彼女の母親の影響で『柊ちゃん』と呼んでいた。
 大きくなるにつれ、ちゃん付けはおかしいと周りに言われるようになってから『柊』になった。
 俺としてはどっちでもいいけど、また呼んでもらいたい気もする。
 気持ちがられそうで、こんなこと口が裂けても言えないけれど。

 俺は本当に引っ込み思案な性格の子供で、心を許した相手じゃないと顔を真っ赤にしてしどろもどろに話すようなタイプだった。
 当然友達もあまり出来なかったが、朱莉がいてくれたからなんとか保育園にも通えていた。

 小学生くらいまではお互いの部屋を行き来することも多く、男女の違いがあっても一緒に絵を描いたり、漫画を読んだり、ゲームをしたりした。
 その延長線上で流行っている歌がテレビで流れると一緒に歌ったりもした。

 初めて俺が朱莉を前に歌ったのは、おそらく小学校低学年くらいだ。
 引っ込み思案な俺だが両親が大のカラオケ好きで、無理やりつれて行かれることが多かったため自然と歌が好きになった。
 ほとんど条件反射で、テレビで流れた歌を歌うと朱莉の瞳がとてもきらきらしていたのを今でも鮮明に覚えている。

「すごいっ! 柊ちゃんの歌声綺麗だねえ」

 パチパチと手をたたき、朱莉は大いに褒めてくれた。
 俺はその時、朱莉のためにならどんな歌も歌えると直感で確信した。
 それから、ずっと朱莉は俺の歌声を褒め続けてくれている。

 とにかく、朱莉はどの時代でも俺のヒーローだった。そしてヒロインでもある。
 俺が闇堕ちせず、なんとか健全に学校に通えているのは朱莉のおかげだ。
 高校のクラスでは朱莉以外に親しく話す相手はいないが、それでも彼女の幼馴染である以上、俺の存在が彼女の価値に傷をつけないように最低限愛想を振りまいている。
 とても苦手だし、ひっそり静かに目立たないよう過ごしたいが、時にはそうしなければならない時もある。

 軽音部だって本気で入るとは思っていなかった。
 入部した朝、朱莉に歌声を褒められなければ見学にすら行かなかっただろう。
 大体朱莉にだけ歌声を届けるなら、一緒にカラオケに行けばいい話だ。
 だけど、本当はもっとかっこいい自分で彼女のために歌いたかった。
 だから見学に行くかも定かではない軽音部の話を引き合いに出して、朱莉の反応を伺った。
 そして勧められ、のこのこ見学に行くくらいには俺は朱莉に弱い。そしてチョロい。

 ダサくても、チョロくても、弱くても、別になんだっていい。
 朱莉が笑ってくれるなら、それでいいんだ。

 いつか自分に自信が持てたら、幼馴染の枠を飛び越えて彼女に思いの丈を打ち明けたい。

 少しずつだけど、きっとその時に近づいているはずだ。
 あとは部活でボーカルをしたいと宣言して、バンドメンバーを集めるだけだ。

 あと少し。もう少しだけ待っていてほしい。
 のろまな俺だけど君に歌を届けると誓うから。

 今はまだ、言葉にして伝えられないけれど。