五月。
 入学してから一ヶ月が過ぎ、だいぶ学校にも慣れてきた。

 新緑の季節はとても清々しいのに、俺の気持ちはまたどんよりと沈んでいる。
 原因は部活だ。

 正式に入部してからというもの、俺は右京先輩に絡まれまくっていた。
 まず部活に行くと、すぐに声をかけられる。

「やっほー、山ちゃん元気? 今日もめっちゃ顔暗いね! ウケる!」

 大体右京先輩はいつもこれくらいテンションが高い。もう慣れたが、始めの頃はどう反応して良いか分からず黙りこくってしまっていた。

「あはは〜、元気ですう」
「すげー作り笑顔!」

 未だに反応の最適解は見つけられていないが、なんとかやり過ごしている。
 軽音部は予想以上に練習熱心で、週に三日はかならず顔を出さなければならない。
 一ヶ月以上来ないと強制退部になるのにも驚いた。

 一年生は基礎練から始めるので、まずは筋トレをする。
 特にボーカル志望組は体操着に着替えて、腹筋を割る勢いでやれと言われた。
 俺はまだ悩んでいるふりをしてとりあえずボーカル組に混ざって筋トレに勤しむ。
 だが、長年ひ弱代表で活動してきた身にとっては、ただの腹筋さえも地獄だ。
 周囲より圧倒的に少ない数で、誰よりも疲れている。

「なあなあ山瀬、宮脇さんてどんな男がタイプなの?」

 今日のペアは松下くんと組んでいるが、彼と組むといつも朱莉についての質問ばかりでうんざりする。

「いや〜、幼馴染とはいえそういう話はしないんだよね。ごめんね」
「ええ〜なんも聞かねえの? 一個も知らん?」
「そ、そうだなあ、うぐっ」

 腹筋中に話しかけてくるな! 自分で聞きに行け! そんなの俺だって知りたいよ!! と言えたらどんなにいいだろう。
 本当に知らないので「ご、ごめ、ぐふぁっ」と腹筋限界アピールをしてなんとか質問を避ける。

「ま、山瀬には話さねえか」

 おい、どういう意味だ。
 聞き捨てならないが、声が出ないほど腹が痛いので一旦スルーする。
 松下くんは元々腹筋が割れているタイプなので難なくメニューをこなしている。
 イケメンなうえに腹筋まで自然と割れているなんてこの世はとても不平等だ。
 バレないように睨み、すぐに表情を元に戻す。

 筋トレが終わるとそれぞれの楽器を触るが、未経験者は手が空いている先輩に教えてもらう。
 俺は楽譜さえ読めないのに、なぜかいつも右京先輩に面倒を見てもらっていた。
 元々ギターを弾ける同級生から「なんでお前が?」という辛辣な視線がいくつも飛んでくる。

 俺だってなんで右京先輩みたいなすごい人が教えてくれるのか不思議だよ。

 周囲からの視線が痛いので、本音を言うとあまり関わらないでほしい。
 ただでさえ朱莉の幼馴染ということで、好奇の視線を向けられやすいのだ。
 部活中くらい穏やかに過ごしたい。

「はい、じゃあ山ちゃんは今日も俺とペアね! 頑張ってギター弾けるようになろーね!」
「は、はい‥‥」

 もう白目を剥きそうだ。
 先輩は明るすぎるし、ギターは意味が分からなすぎる。
 先週、Cコードは簡単だと言われたが、もうどこを抑えるのか忘れた。
 歌を歌うために入部したのだが、ボーカル志望とはっきり伝えていないのでもちろん歌の練習など出来ない。
 そもそもバンドを組んでいないので、練習もなにもないのだ。
 周りの同級生たちは相性を確認し合ってどんどんメンバーを集め、個性豊かなバンドを組んでいっているというのに、俺は本当にやりたいことすら公言できず、とても遅れをとっている。

「まじで山ちゃんってセンスないよな! なんでこの前教えたこと忘れちゃうのかな?」

 美しい顔面の持ち主が怒りながら笑うと、こんなにも怖いんだと日々実感している。

 ああ、今日も胃がキリキリする。

 俺は心の中で泣きながら、明るい鬼の右京先輩にビシバシ指導され続ける。
 こうしていつも部活の時間が過ぎてゆく。