不思議と夜はすぐに意識が沈んだ。
 夏はろくに眠れなかった。
 だけど今は、その頃に比べたら随分眠れるようになった。

 秋になって、四十九日が過ぎた。
 もうこの世に朱莉はいないらしい。

 だけど、そんなの関係ない。
 だって、俺の心の中に彼女はいる。
 目を閉じれば、何度だって笑顔を思い浮かべられる。
 だからもう、寂しくない。




 眠ると、俺は不思議な夢を見た。



 花畑の先に白いワンピースを着た朱莉がいて、大きく手を振っている。

「柊! こっちだよ」

 俺の名前を呼んで満面の笑みを浮かべる朱莉。
 俺は吸い寄せられるように、彼女の元へ歩いてゆく。

「ずっと会いたかった」

 朱莉は微笑んで、俺に抱きついた。

「明日の柊の歌、楽しみにしてるね」

 俺はそばに近寄れるのに、一言も話せない。
 君が好きだと伝えてくれたんだ。俺も君に同じ気持ちだと伝えたい。
 だけど、喉が壊れたみたいに声が出ない。

「遠くで見守ってるから、緊張してもちゃんと歌い切るんだよ」

 瞳に涙を浮かべた朱莉が、俺の頬に白い手を添える。

「ずっと柊のことが好きだった。ばいばい」

 そして、彼女が俺に口付けをすると、強く風が吹いて花びらが舞った。
 思わず目を瞑り、そして開けると朝を迎えていた。

 枕元は濡れていた。
 夢の中で、俺は朱莉に会えたのだ。
 涙を拭って起き上がる。
 顔を洗い、ちゃんと朝食を食べて登校した。





 朝からお祭りモードで圧倒される。
 俺はクラスに顔を出してから、部室に向かった。
 先輩たちはもう既に来ていて微調整をしていた。

 ステージは午後一時からだ。
 先輩たちのバンドは期待値が高いこともあり、軽音部としては最後を飾る。
 俺も発声練習をして、軽めの昼食を摂った。
 それから時間になるとステージ裏に移動し、出番まで他の部員の演奏を眺める。

 ぼんやり見つめていると、右京先輩に背中を叩かれた。

「今日のために頑張ってきたんだ、気合い入れろ」

 にっと笑った先輩と、朱莉の笑顔が重なった。

「そんなの、とっくに十分過ぎるほど入ってます」

 俺もつられて笑う。
 ついに自分たちの出番が来た。

 俺は先輩たちの前に立ち、ステージへと上がってゆく。体育館を埋め尽くすほどの人だかりが出来ていた。

 強い光が俺を照らし、目の前は逆に仄暗い。
 すっと息を吸ってマイクに向かって話す。

「初めまして、一年の山瀬です。
訳あって、先輩たちのバンドに入れてもらいました。

今日は僕から一つ、どうしても皆さんに伝えたいことがあります。
皆さんには大切な人がいますか。
失いたくない人がいますか。

いる人はこの歌を聞いた後、すぐに隠している本音があったら話してください。
失いたくない人が隣にいてくれるのは当たり前じゃないです。
ある日突然、信じられないくらい簡単に消えてしまうことがあります。

その人がいなくなってからじゃ遅いんです。
どれだけ後悔しても、悲しんでも、その人は帰ってこない。

だから隣にいる今、伝えたいことは伝えてください。
好きも、ありがとうも、愛してるも、全部伝えてください。

でも、もし言葉で伝えられなかったらこの歌を一緒に聴いてください。

タイトルは×××××です」

 話し終えると、イントロが始まる。








 朱莉、今この瞬間。
 全てをかけて君のために歌うよ。






俺は目を閉じて、口を開いた。




ーー埋まらない距離は向日葵一輪分

ーー君は一歩前を歩いていた

ーー少しだけ短い君の影が愛おしい

ーーねえ夏が終わって

ーー枯れた花がまた咲くとき

ーー君はちゃんと笑えていますか

ーー出来ることなら僕の隣で

ーー強がらないで全部聞かせて

ーー怖がらないでこの手を取って

ーーいつかなんて待ってても来ないから

ーー今すぐに、さあ



 全部全部、朱莉伝えたいことだ。
 君は俺に対して強がっていた。
 でも俺は、その気持ちに気がついてあげられなかった。

 もし俺が君の本当の気持ちに気がついていたら、今君は隣で笑ってくれていたのかな。
 でも「もし」なんて考えるたび、君に怒られてしまう気がするんだ。

 だから君は、俺に会いてきてくれたんだろう。
 ちゃんとさようならを伝えにきてくれた。

 君を抱きしめたかった。もっと君と話したかった。
 でも、きっと、君を抱きしめたら離せなくなる。
 君と話したら、帰りたくなくなってしまう。
 全部朱莉にはお見通しだったんだね。

 ああ、君には敵わない。

 今俺は君のために歌っているけど、緊張で手は震えるし目は開けられない。だけど、それでも絶対にこれからも君のために歌い続けると誓う。


ーーだって君が好きだから

ーー花が散っても忘れないよ

ーー太陽が照らしていた日々を





  


 それが俺の、存在証明だ。







ーーだから今は少しだけさようならしよう