不思議と夜はすぐに意識が沈んだ。
夏はろくに眠れなかった。
だけど今は、その頃に比べたら随分眠れるようになった。
秋になって、四十九日が過ぎた。
もうこの世に朱莉はいないらしい。
だけど、そんなの関係ない。
だって、俺の心の中に彼女はいる。
目を閉じれば、何度だって笑顔を思い浮かべられる。
だからもう、寂しくない。
眠ると、俺は不思議な夢を見た。
花畑の先に白いワンピースを着た朱莉がいて、大きく手を振っている。
「柊! こっちだよ」
俺の名前を呼んで満面の笑みを浮かべる朱莉。
俺は吸い寄せられるように、彼女の元へ歩いてゆく。
「ずっと会いたかった」
朱莉は微笑んで、俺に抱きついた。
「明日の柊の歌、楽しみにしてるね」
俺はそばに近寄れるのに、一言も話せない。
君が好きだと伝えてくれたんだ。俺も君に同じ気持ちだと伝えたい。
だけど、喉が壊れたみたいに声が出ない。
「遠くで見守ってるから、緊張してもちゃんと歌い切るんだよ」
瞳に涙を浮かべた朱莉が、俺の頬に白い手を添える。
「ずっと柊のことが好きだった。ばいばい」
そして、彼女が俺に口付けをすると、強く風が吹いて花びらが舞った。
思わず目を瞑り、そして開けると朝を迎えていた。
枕元は濡れていた。
夢の中で、俺は朱莉に会えたのだ。
涙を拭って起き上がる。
顔を洗い、ちゃんと朝食を食べて登校した。
◆
朝からお祭りモードで圧倒される。
俺はクラスに顔を出してから、部室に向かった。
先輩たちはもう既に来ていて微調整をしていた。
ステージは午後一時からだ。
先輩たちのバンドは期待値が高いこともあり、軽音部としては最後を飾る。
俺も発声練習をして、軽めの昼食を摂った。
それから時間になるとステージ裏に移動し、出番まで他の部員の演奏を眺める。
ぼんやり見つめていると、右京先輩に背中を叩かれた。
「今日のために頑張ってきたんだ、気合い入れろ」
にっと笑った先輩と、朱莉の笑顔が重なった。
「そんなの、とっくに十分過ぎるほど入ってます」
俺もつられて笑う。
ついに自分たちの出番が来た。
俺は先輩たちの前に立ち、ステージへと上がってゆく。体育館を埋め尽くすほどの人だかりが出来ていた。
強い光が俺を照らし、目の前は逆に仄暗い。
すっと息を吸ってマイクに向かって話す。
「初めまして、一年の山瀬です。
訳あって、先輩たちのバンドに入れてもらいました。
今日は僕から一つ、どうしても皆さんに伝えたいことがあります。
皆さんには大切な人がいますか。
失いたくない人がいますか。
いる人はこの歌を聞いた後、すぐに隠している本音があったら話してください。
失いたくない人が隣にいてくれるのは当たり前じゃないです。
ある日突然、信じられないくらい簡単に消えてしまうことがあります。
その人がいなくなってからじゃ遅いんです。
どれだけ後悔しても、悲しんでも、その人は帰ってこない。
だから隣にいる今、伝えたいことは伝えてください。
好きも、ありがとうも、愛してるも、全部伝えてください。
でも、もし言葉で伝えられなかったらこの歌を一緒に聴いてください。
タイトルは×××××です」
話し終えると、イントロが始まる。
朱莉、今この瞬間。
全てをかけて君のために歌うよ。
俺は目を閉じて、口を開いた。
ーー埋まらない距離は向日葵一輪分
ーー君は一歩前を歩いていた
ーー少しだけ短い君の影が愛おしい
ーーねえ夏が終わって
ーー枯れた花がまた咲くとき
ーー君はちゃんと笑えていますか
ーー出来ることなら僕の隣で
ーー強がらないで全部聞かせて
ーー怖がらないでこの手を取って
ーーいつかなんて待ってても来ないから
ーー今すぐに、さあ
全部全部、朱莉伝えたいことだ。
君は俺に対して強がっていた。
でも俺は、その気持ちに気がついてあげられなかった。
もし俺が君の本当の気持ちに気がついていたら、今君は隣で笑ってくれていたのかな。
でも「もし」なんて考えるたび、君に怒られてしまう気がするんだ。
だから君は、俺に会いてきてくれたんだろう。
ちゃんとさようならを伝えにきてくれた。
君を抱きしめたかった。もっと君と話したかった。
でも、きっと、君を抱きしめたら離せなくなる。
君と話したら、帰りたくなくなってしまう。
全部朱莉にはお見通しだったんだね。
ああ、君には敵わない。
今俺は君のために歌っているけど、緊張で手は震えるし目は開けられない。だけど、それでも絶対にこれからも君のために歌い続けると誓う。
ーーだって君が好きだから
ーー花が散っても忘れないよ
ーー太陽が照らしていた日々を
それが俺の、存在証明だ。
ーーだから今は少しだけさようならしよう



