君に捧ぐ歌


 右京先輩たちのバンドに入れてもらってから、俺は寝ても覚めても曲のことを考えていた。
 作詞作曲は全て任せてもらい、時々先輩方にアドバイスをもらってなんとか形にした。

 今まで誰かと何かを作り上げたことのない俺にとって、多くの初めてが詰まった期間だった。
 音色一つだって一緒に作り上げたものを奏でた時、心も同時に繋がる気がした。

 先輩たちはそれぞれ自分の楽器に誇りを持っていて、俺はその背中にひたすら憧れた。
 だけど、実際は俺が一番前に立つ。
 俺は、先輩たちの前に立つのに相応しい男にならなければいけなかった。

「山ちゃん、本当にいいんだな?」
「はい、お願いします」

 だからまずは、朱莉の日記に書いてある通りピアスを開けた。
「痛いぞ」って先輩には言われたけど、俺は多少の痛みは構わなかった。
 痛みは苦手だ。感じた瞬間、とてもネガティブな感情になる。だけど、同時に生きていることを教えてくれる。だから今は、痛みさえも愛おしく思える気がした。

 耳元で、バチン! と大きな音が二回鳴った。
 鏡を見ると、シルバーのファーストピアスが両耳の同じ位置にはまっている。
 周りがじんわり赤くなっていて、血が滲んでいた。

「大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます」

 少し声が震えたのは、気のせいだ。

 そして、俺は長年付き合ってきた前髪も文化祭前日に切った。
 両親にも「柊が前髪短いと変な感じがする」と感想をもらうくらい大切なアイデンティティだったが、もうお別れだ。
 次の日学校に行くと、クラスや部室が騒ついた。

「山ちゃんってそんな顔してたん? は? お前って可愛い系だったの?」
「可愛い系って」
「いやいや、女の子みたいな顔してんじゃん! お前それで、あの曲歌うの? 爆モテしようとしてる?」
「まあ先輩のファンを取り込んじゃおうかなとか思ってますけど」
「怖! 一年生のくせに怖いこの子!」

 実際はファンになんて微塵も興味がないけれど。
 俺は自分の顔が好きじゃない。
 昔からこの顔のせいで、女みたいだと散々いじめられた。その度に朱莉が守ってくれた。
 でも、彼女に迷惑をかけるのが嫌で次第に前髪を伸ばし、顔を隠すようになったのは懐かしい思い出だ。

 もう守ってくれる朱莉はいない。
 だけど、ようやく自分にも向き合おうと思えるようになった。
 出来ることなら彼女に今の姿を見てもらいたかったけど、きっと空から眺めてくれているだろう。

 明日はいよいよ文化祭本番だ。
 先輩たちと、最後の音合わせをする。息はぴったり合い、今までで一番の出来だった。

「山ちゃん、誰がなんと言おうと明日はお前がヒーローだぜ」

 右京先輩が拳を突き出してくる。

「はい、俺がこの歌を会場全体に届けます」

 俺は笑って、拳を合わせた。