一ヶ月顔を出さなければ強制退部。
 俺はその掟を破るぎりぎりで、夏休み中の部活に顔を出した。

 普段から真剣な時と緩い時の差が激しい部なので、夏休み中は各々好きに活動していた。

 俺が行った日はちょうど右京先輩もいた。

「‥‥山瀬」

 先輩は俺の名前を見て、山ちゃんではなく山瀬と呼んだ。神妙な面持ちに、気を遣われていることが嫌でも伝わってくる。

「聞いたよ。春田と幼馴染の子のこと」

 そういえば、春田先輩は一命を取り留めたらしい。
 一人だけでも助かって良かったと今は心から思える。

「そうですか」
「正直、もうお前は部活に来ないと思ってた」

 まあ、そうだろうな。
 俺も先輩の立場なら、同じことを思うだろう。

「先輩、単刀直入にお願いがあります。俺を先輩たちのバンドに入れてください」

 しん、と辺りが静寂に包まれる。
 それまで好き勝手に鳴り響いていた楽器音が全て止まった。

「‥‥本気か?」
「はい。俺は歌わなきゃいけないんです__朱莉のために」
「後悔しないって誓えるか? お前のことを好き勝手言う連中だっているんだぞ。俺は、お前が傷つくのが怖いよ」

 先輩の目が俺のことをまっすぐ捉える。
 心配してくれているから、厳しいことを言うのだと痛いほど伝わる。

「俺はーー」




「いいじゃないすか。俺は山瀬が歌うの賛成です」



 後ろから背中を押してくれる声が聞こえた。
 振り向くと、松下くんが立っている。

「お前、普段はダセえけどさ、宮脇さんのために歌うって自分で決めたんだろ。すげえかっこいいじゃん。俺はお前のこと応援したい。

きっと、宮脇さんだって同じ気持ちだ」

 さすが朱莉を好きだっただけある。
 彼女の気持ちをよく分かっていると思った。

「ありがとう」

 俺は松下くんを見て、口角を上げる。

「先輩、俺は朱莉のために歌うことを絶対に後悔しません。これが俺にとっての弔いです」

真っ直ぐ、先輩を見つめて告げる。

「ーー山瀬、俺は入学届を持ってきた日からいつかお前と一緒に組む日が来る予感がしてたよ」

 右京先輩は大きく目を見開いてから、にっと笑った。

「山ちゃん! 男に二言は許されねえぞ!」
「はい! よろしくお願いします!」

 静まり返っていた部室が、途端に賑やかになる。
 様々な方向から手が伸びてきて、髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜられた。

「山瀬! やったれ! すげえいい歌を歌え!」
「今年の文化祭は、山瀬が主役だ!」
「軽音部のステージに全校生徒集めようぜ! チラシ作るぞ!」
「山瀬、SNSは俺らに任せろ。他校からもバンバン人呼んでやるよ」
「なんか困ったら言えよ。助けるから!」

 あたたかい言葉で溢れている。
 こんなことは初めてで、泣きそうだった。
 揉みくちゃにされながら、俺はまた朱莉のことを思い浮かべる。

 朱莉、俺は少し前に進めたみたいだ。
 君がいてくれたから、彼らに出会えた。




 これからも前を向いて頑張るよ。
 君を、忘れずに。