小学生以来、入ったことのない朱莉の部屋は昔より大人っぽくなっていた。
 昔はおもちゃで溢れていたのに、本棚には難しそうな小説や看護学校の資料が並んでいる。

 ベッドはアイボリーのシーツカバーに、花柄の掛け布団がかかっている。
 毎朝ここで朱莉は寝て、起きて、そして俺に会っていたんだと思うと、つんと鼻の先が痛んだ。

 紗栄子さんにはクローゼット以外は好きに見ていいと言われた。
 だけど、部屋に入ってもなににも触る気になれない。
 寧ろ彼女が生きていた証を前にして、逃げ出したくなるばかりだ。
 考えないようにしていたやるせなさや苦しさで喉が焼けるように痛い。

 苦しい、悔しい、許せない。
 朱莉はこれから多くの人を救う看護師になるはずだったのに。
 そのために勉強する必要があったから、塾にも通っていただけだ。
 それなのに、なんでこんなことになったんだよ‥‥!

 以前、朱莉が気持ちのいい笑顔で将来の夢を語ってくれたことがあった。

「私ね、沢山の人を救える看護師になりたいの」

 しゃっきり伸びた背が印象的で、彼女はいい看護師になるだろうなと確信した。
 だが、現実はどうだ。
 看護師になるどころか、高校生を全うする前に朱莉は空に昇ってしまった。
 神様なんていないのだと、本気で嫌になる。

 彼女の部屋には部屋はあまりにも朱莉が生きていた頃の面影が詰まっていて、耐えられない。

 俺が勢いよく扉を開けると、一冊のノートが棚から落ちてきた。
 ページが開いたまま落ちたそれを、俺は拾うか迷った。見たら後悔する気がした。

 ノートの表紙には「diary」と記されている。

 彼女の日記なんて読んだら、今度こそ耐えられない気がした。
 見なかったふりをしようとしたら、ふと朱莉の声が聞こえた気がした。

『柊』

 たった一言。
 いつものように、彼女に名前を呼ばれた気がしたのだ。

「朱莉‥‥」

 俺はゆっくりノートに近づき、拾って中身を読むことにした。