「朱莉! 歩くの早いよお」
「私が早いんじゃなくて、柊が遅いんだよ」
小学生の頃、同じ通学班の俺たちは今となにも変わらず、一緒に登校していた。
真っ赤なランドセルを背負った朱莉は、この頃から俺の前を歩いていた。
「朱莉、最近告白の数増えたんじゃない?」
「やっぱり柊もそう思う? 私ってば可愛いからな〜」
「そういうのってさ、普通自分で言わないんじゃない」
中学生の時、朱莉は目に見えてモテるようになった。この頃から少しずつ彼女がモテることに対して、危惧を覚えるようになった。
口で文句を垂れても、心の中では同意していた。
朱莉は可愛かった。どんな時も、誰よりも。
「じゃあ柊が褒めてよね、可愛いって」
俺は照れて、決して彼女に可愛いと言えなかった。悪戯に笑う君に見惚れるばかりで、言葉はいつか伝えるとずっと心の奥にしまい込んでいた。
でも、もう君に可愛いと伝えても君は笑ってくれないんだね。
病院では、朱莉の遺体を見れなかった。
顔以外、多くの刺し傷があると医師に聞いて、俺には見る勇気が無かった。
朱莉だってきっと俺には見てほしくないはずだ。
結局、彼女の顔を最後に見たのは葬式の時だ。
真っ白でぴくりとも笑わない彼女の姿を見て、知らない人だと思った。
朱莉の頬はいつも桜色に染まっていたし、大きな瞳がいつも輝いていた。
口角はきゅっと上がり、表情がころころ変わるのが朱莉なのに。
目を閉じたまま真っ白な衣装と同じくらい白い花に囲まれた女の子なんて、朱莉じゃない。
朱莉じゃないと、思いたい。
涙は出なかった。
病院でも、彼女が出棺された時も。
まだどこかで朱莉が生きている気がして、泣けないのかもしれない。
理由なんてあるようでない。
どう転んでも、俺はもう彼女の名前を呼んで一緒に登校することは出来ないのだから。
夏休みは最悪だった。
俺には朱莉以外、休日を共にする相手なんかいない。
毎日毎日、予定のない暇な時間を潰すのに必死だった。
ゲームもした。漫画も読んだ。課題だって、やりたくないけど一応した。
それでも時間はたっぷり余っている。
朱莉がいなければ、俺は夏休みさえ満足に過ごせないのだと痛感した。
彼女のいない夏なんて初めてで、過ごし方がわからなかった。
昼寝に勤しんでも、目を閉じれば彼女との思い出が蘇る。
笑った顔、泣いた顔、怒った顔、拗ねた顔。
全てが鮮明で、昨日のことのように思い出せる。
朱莉がいなくなってしまったなんて、到底受け入れられない。
受け入れたくない。
朱莉がいなくなってから、ご飯がまずい。
寝ようとしても、うまく眠れない。
体は重いのに、意識がずっと浅いところにあって気がついたら朝を迎えている。
外に出ようとも、照りつける太陽や向日葵を見ると彼女を思い出して胸が締め付けられるから辞めた。
朱莉は俺にとっての太陽で、向日葵だった。
ねえ、朱莉。
俺、この後の人生どうしたらいいと思う?
君がいない余生はあまりにも長くて、俺は耐えられそうにないよ。
いつもみたいに少し怒りながら、柊はこうすればいいのって教えてよ。
俺、もう絶対朱莉との約束破らないから。
君に言われたこと、全部やるから。
朝だって自分で起きるし、軽音部でも頑張ってバンドメンバー探すよ。
君に言われればどんな歌だって歌うからさ。
だから、どうか帰ってきてよ。
君がいない毎日なんて、死んでいるのと同じなんだ。
布団に丸まって、朱莉のことを考えていると部屋の扉がゆっくり開いた。
そこには葬式以来顔を合わせていなかった、朱莉の母、紗栄子さんと俺の母さんが立っている。
「柊くん。もしよければ朱莉の部屋、来ない? そのままにしてあるの」
布団から勢いよく起き上がる。
紗栄子さんは涙を流している。
「朱莉は不器用だから、きっと柊くんに伝えたかったことがあると思うんだ」



