君に捧ぐ歌


 病院に到着すると受付で待合室の場所を聞き、朱莉の両親と合流する。

 二人は顔を真っ白にしながら、静かに座っていた。

「柊くん、美咲(みさき)さん」

 朱莉の母である、紗栄子(さえこ)さんが俺たちに気がつく。遠くから見ても分かるほど手が震えている。
 朱莉の親父さんとは幼い頃にあったきりで、会うのは久しぶりだった。
 昔はもっと大きな背中に見えたが、今は朱莉のことが心配で仕方ないと言いたげに縮こまっている。

「あ、あの、朱莉は‥っ」
「緊急手術中だ。色々君も感じていると思うが、私たちはあの子を信じて待つことしか出来ないんだよ」

 最愛の愛娘が刺されたのだ。
 俺なんかよりずっと心配でおかしくなりそうなのに、親父さんは冷静を装っている。

「柊、座りましょう」
「うん‥‥」

 頑張れと声すらかけられない。
 なんて無力で、虚しいのだろう。
 朱莉の無事を神に祈ることしか出来ない今、俺は絶望の淵にいる。
 歩行者用の白線のように狭く、簡単に暗闇へ落っこちてしまいそうだ。

 朱莉。頼む、帰ってきてくれ。
 もう君と話せない未来なんて、俺は耐えられない。

 まだ君のための曲は未完成だ。
 君に聞かせるための歌なんだよ。
 君が元気でいてくれなきゃ、なんの意味もない。

 一分一秒が酷く長い。
 心配すぎて、目を開けても閉じても朱莉のことしか考えられない。

 早く、誰か、誰でもいいから、お願いだから、朱莉の無事を知らせてくれ‥‥!

 ぎゅっと強く瞼を瞑る。
 震える俺の手に、母さんの手が重なった。

「きっと大丈夫よ」

 朱莉の両親も頷いている。

「そうね、朱莉は強い子だもん。けろって目が覚めるはずよ」
「そうだな。自分の意思が強くて、しっかり者の自慢の娘なんだ。こんなことで負けるような子じゃないさ」

 全員が朱莉の無事を確信していた。
 そう思うこと以外、信じられないというほど強く。

 それからしばらくして、ようやく手術室の扉が開く。
 医師が神妙な面持ちで近づいてきた。
 朱莉の両親は立ち上がって彼女の安否を尋ねた。

「先生、朱莉は‥! あの子は無事でしょうか?」

 悲痛な紗栄子さんの声。
 俺はその様子を見ていられなくて、目を閉じた。
 医師はゆっくり口を開く。
















 

 



「残念ながら、娘さんは助かりませんでした」
























 一瞬、全ての時が止まった気がした。
 頭の中が真っ白になる。

 高校一年生の七月二十五日。
 夜を迎えた、午後十九時五十二分。
 

  
 宮脇朱莉は、帰らぬ人となった。