それは、終業式の日の夕方。
 からりと晴れた気持ちのいい夏の日だった。

 俺は普段通り部活に顔を出してから、蒸し暑い帰路をとぼとぼ歩いていた。
 すると、珍しく母親から着信があった。

 もうすぐ家に着くというのに、なんで電話なんてかけてくるのだろう。

 疑問に思ったがとりあえず出た。
 母の声は、震えていた。


「あのね、柊。落ち着いて聞いて」

 そう話す母の様子が明らかに取り乱していて、嫌な予感がした。

























「朱莉ちゃんが、ストーカーに刺されたらしいの」


















「え‥‥‥?」

 するりとスマホが手から滑り落ちた。
 遅れて、地面に打ちつけられて画面が割れた音がする。なにやら母の声が聞こえるが聞き取れない。

 朱莉が刺された? 
 ストーカーに?

 なんの冗談だ。
 誰がそんなつまらない嘘を考えたんだろう。
 笑いのセンスがないから、二度とそんなことは口にしないほうがいい。

 絶対嘘だ、嘘だ、嘘だ。
 朱莉に限って、そんなことあるはずがない。

 嘘だ!
 だって今日の朝も、いつも通り俺の横で朱莉は笑っていた。
 一緒に登校した。一緒の教室で夏休みの注意事項を聞いた。それから、それから朱莉は生徒会に行って。

ーーーー塾に、向かった。

 その場で立ちすくして動けない俺を、母親が車で迎えに来る。

「柊! 病院行こう!」

 スマホを拾って、言われるがまま車に乗り込む。

「さっき朱莉ちゃんのお母さんから連絡があってね。今手術してるんだって。でも、朱莉ちゃんは強い子だし、きっと大丈夫よ。だから私たちも信じて待とう?」

 動揺しているのが嫌でも分かる。
 普段、俺の母親はこんなに口数の多い人じゃない。信じると言いながら、最悪の事態も想像しているに違いない。ハンドルを握る手は、震えている。

「‥‥母さん、朱莉は誰に刺されたの?」
「柊‥‥」

 憎しみが大きすぎて涙も流れない。
 なんで朱莉が刺されなきゃいけないんだ。

 朱莉は、毎日明るく過ごしていただけなのに!

「警察は塾の講師なんじゃないかって。朱莉ちゃんと一緒にいた男の子も刺されたらしいの」
「一緒にいた男の子‥‥」

 咄嗟に思い浮かんだのは春田先輩だ。
 なんで一緒にいながら朱莉を守れないんだと、彼に対しても怒りが湧く。

「でもね、朱莉ちゃんのほうが傷が深いらしくて‥‥」
「なんだよ、それ!」

 座席を力のままに殴る。
 完全に八つ当たりだ。
 俺がどんなに怒ったって、朱莉の傷が癒えるわけじゃない。
 頭では理解していても、心が追いつかない。
 朱莉が刺されなければいけない理由なんか、この世に一つもない。

 ストーカー? ふざけるなよ。
 朱莉と向き合う強さもないくせに己の欲に飲み込まれて刺すようなやつが、俺は許せない。

 心配と怒りで頭がおかしくなりそうだ。

 無言の車内は息苦しくて車窓から流れる景色を眺める。一刻も早く病院に到着することを願いながらも、朱莉のことを考え続ける。

 目が覚めて元気になったら「本当に許せない!」って怒った顔を見せて欲しい。
 俺も大いに賛同して、必ず犯人が捕まるよう君と願うから。

 病院が許してくれるなら君のために何度だって、どんな歌だって歌うよ。
 早く君が元気になりますようにって願いを込めて、歌うから。

 そして、退院したら沢山遊びに行こう。
 せっかくの夏休みなんだ。誘ったって許されるだろう。朱莉の行きたいところ、全部行こう。
 写真は俺に任せてよ。どんな君の姿もきちんとカメラを納めるからさ。

 だから朱莉。
 必ず目を覚ましてくれ。



 君のいない世界なんて、考えられないんだ。