幼い頃から病弱で、入退院を繰り返していた。
小、中学はろくに通えず
高校にも進学できなかった。
病状の悪化で、15歳から長い入院生活が始まる。
ほとんど寝たきりの生活。
筋力も体力も落ち、細い体、常に青白い顔。
まるで、亡霊のようだった。
自分の体なのに、自由にできないもどかしさ。
食べることも、眠ることも、動くことも
うまくできない。
そんな現状に嫌気がさして
苛立ちが募っていた。
毎日毎日、行き場のない苛立ちを抱えて
病室のベッドの上で
ただ、時間が過ぎ去るのを待っていた。
そんな折
見かねた家族が、少しでも
俺が過ごしやすいようにと
どこもかしこも人で溢れ
騒がしくて、忙しない
そんな都会にある、その病院ではなく
自然豊かで、空気の澄んだ田舎町の病院へ
転院することを決めた。
田舎ではあるものの
医療体制はしっかりしているため
変わらない治療を受けながら
療養できるとのことで
家族は迷わず、職を捨て、家を捨て
新しいその場所で
一からすべてを築き直すことを選んだ。
都会の喧騒。
あの息苦しさから、解放されたおかげか
俺の体調は大分良くなったけれど
いたたまれなかった。
家族に、今まで築き上げてきたものを
慣れ親しんだ土地や、人
積み重ねてきたさまざまなものを
捨てさせてしまった。
奪ってしまった。
そんなことはないと
俺(家族)が一番、大事なんだと
新しい暮らしも悪くない、新鮮で楽しいと
あの人たちは、屈託なく笑って言ったけど
その笑顔に、優しさに
俺は罪悪感でいっぱいになって
叫び出しそうになった。
***
都会の病院にいた頃より
マシになったとは言え、相変わらず
些細なことで悲鳴を上げる貧弱な体。
起き上がるのも、歩くのも
食事を摂ることさえ一苦労で
それでも、四六時中、寝たきりの廃人には
なりたくなくて、懸命に努力した。
地道な努力は
ゆっくりと、けれど着実に実を結んだ。
亀のようなスピードではあるけれど
平坦な道であれば
息切れを起こさずに、歩けるようになった。
食事も時間をかければ
用意された分を完食できるようになり
食べられるようになったおかげか
立ちくらみや、めまいを起こす頻度も減った。
マイナスが、ゼロにほんの少し
近付いただけに過ぎなくても
その確かな変化は、自分を勇気づけてくれた。
たとえ
『…………嘘、ですよね…?』
どれほど努力しようが
『……………この子の余命が………』
願おうが
『……………………あと、1年だなんて………。』
行き着く先は変わらなかったとしても。
***
自分が抱えるこの病に
確実な治療法や薬がないことは知っていた。
ある程度、状態が良くなったとしても
長く生きられない事も覚悟していたけれど…。
突然の余命宣告。
あまりに短い、自分の人生の残り時間。
冷静では、いられなかった。
色んな想いが胸の中に溢れて。
隣で、茫然とする自分の代わりに
泣いてくれている人達に対して罪悪感が浮かび。
告げられた事実に
悲しくなって、苦しくなって。
そんなものだと
現実は、漫画やアニメのようにはいかないものだと
諦めのような
達観するような気持ちがあったり。
どうして自分が、自分だけが、と
すべてを責めたくなるような
激しい怒りに呑まれそうになったり。
それでも、もしかしたらと
わずかに残る希望に縋る自分がいたり。
ないまぜの感情。
複雑な想いが胸の中でせめぎあい
しばらくの間、うるさく騒ぎ続けた。
***
一時帰宅が許された。
病院にいたところで
これ以上出来ることはない。
なら、せめて、残された時間を家族と共にと
主治医や周りの人にすすめられ
俺や家族は、それに頷いた。
初めて足を踏み入れた我が家。
複雑な心境のままであったけれど
それでも
家族に『おかえり』と言ってもらえて
ああ、ようやく帰ってこられた、と
ひどく安心したのを覚えている。
辛い宣告と引き換えに
家族と過ごす時間を手に入れた、春の終わり。
最初で最後の一時帰宅。
その最中の出来事だったんだ。
夏の真っ只中。
俺は、彼女と出会った。
***
余命宣告を受けた後も
変わらずリハビリや体力作りを続けていた。
ある日の朝。
早朝の散歩を終えたものの
まっすぐ家に帰る気が起きなかった俺は
そのまま、ふらふらと町を徘徊していた。
その内、段々と日が昇り
容赦なく、熱い日差しが全身を襲う。
じりじりと、焼き付けるような暴力的な暑さ。
みるみる内に、全身から汗が吹き出す。
ちょうど、すぐ近くに大きな河川があった。
たまらず、涼を求めてそこへ向かった。
木陰に腰をおろして
涼しげな空気が流れるのを感じながら
地面を見つめ、大きくため息をついた。
身体にまとわりついていた熱気が
だいぶ和らぐ。
日差しが弱まるまで、しばらく
そこで休むことにした。
そんな中、どこからか耳に入る、楽しげな声。
ゆっくり顔を上げれば
少し離れた場所で、子供達が遊んでいるのが見えた。
……元気だな。
空に弾ける水しぶき。
遠目でも、はっきり見える。
無邪気な笑顔、楽しそうな笑い声。
照り付ける陽光をものともせず、はしゃいでる。
そんな姿が眩しい。
自分にないものを
当たり前のように持っている。
妬んだところで
それが手に入るわけでもないのに
どうしても、羨ましくて
思わず目を逸らしてしまう。
けれど、その瞬間。
不意に、その声が消え
代わりに響いたのは、叫び声。
女の子の悲鳴と、男の子の慌てる姿。
取り乱すその子達の視線の先には
…………嘘だろっ!?
目を見開く。数秒ほど、息が止まった。
信じられない事が
目の前で起こっていたから。
遠目でも分かった。
小さな女の子が流されている。
必死に激流に抗っている姿が見えた。
もがき苦しみながら
必死に両手を伸ばして、助けを求めている。
けれど、幼い体では
その勢いに抗う事は叶わず。
やがて、その姿は完全に水中に消えた。
驚きも、動揺も、一瞬だった。
正確には、それに浸っている時間はなかった。
あのままでは、死んでしまう。
自分の目の前で
死んでしまう
そう思って
そこからは、もう身体が勝手に動いた。
火事場の馬鹿力とでも言うのか
普段あれだけ
言うことを聞かない自分の体が
この時だけは
信じられないくらいの力を発揮した。
水中に飛び込む。
冷たい。
痛い、苦しい。
重い。
身体は悲鳴をあげていた。
けれど、そんなものは二の次だ。
助けなければ。
自分の目の前で、人が死ぬことが
命が消える、その瞬間を見ることが
なにより、恐ろしかった。
水の中。
ぼやける視界の先に、見つけたその子。
小さなその手を、体を必死に手繰り寄せ
無我夢中で体を動かした。
やっとの思いで、岸までたどり着いて
その子の息があることを確認して
そこで、俺の身体は限界を迎えた。
意識が途絶える寸前。
閉じかけたまぶたと
反対に
薄く開いた、そのまぶた。
ほんの一瞬、交わった視線に
ひどく安堵して
そのまま、俺は意識を手離した。
***
本当なら、無理をしなければ
残り一年の命だった。
けれど、火事場の馬鹿力の代償で
それは、かなり短くなった。
その短い時間が、さらに短くならないよう
なんとか持たせるために
俺の身体は機械と管に繋がれた。
しばらくは、意識はあるけれど
自分や、自分のまわりで起こっていること
物事をはっきりと認識することは出来ず。
ぼんやりと
夢の中を漂っているような状態だった。
それが、続いて
時折、夢から覚める瞬間が増え
徐々に徐々に、自分の身に起こったことを
理解することができた。
覚悟する時間なんてなかった。
自分がずっと
拒んでいた未来が、そこにあった。
耳は聞こえるけれど、声がうまく出せず
会話することが出来なかった。
身体は
手足は多少、動かすことは出来たけれど
起き上がることは出来ず、寝たきり。
当然、食事も排泄も
自分ひとりではこなせず
誰かに頼らざるを得なかった。
誰かに、機械に、頼らなければ
すぐにでも消えてしまうような弱々しい命。
ただ、幸いだったのは
言葉を発することができないから
家族に弱音や、苛立ちをぶつけたり
暴言を吐くようなことがなかったこと。
そういうことが
言葉で傷付ける事がなかったこと。
それと
あの小さな女の子が
無事に、家族のもとへ帰れたこと。
1度だけ。
もしかしたら
何回も来てくれていたのかも知れない。
でも、俺が覚えているのは、その1度だけ。
その1度の記憶さえ、おぼろ気だけど。
あの子の両親が、俺の所へやってきて
涙を流しながら、何度も、何度も
俺と、俺の両親に謝罪と感謝を繰り返した。
あの子の両親から
あの子が元気なこと、俺にとても感謝していて
会いたがっていることを聞いた。
朦朧としている意識の中。
遠くに聞こえる、けど、確かに届いたその言葉に
ただただ安堵した。
死んでなかった。
ちゃんと助けられたことに。
夢と現実を行き来するような状況下で
ずっと、心に引っ掛かっていた
唯一の心残りがなくなった。
安心した。
もう、未練はなかった。
これ以上
誰かや、何かに
頼って、すがり付いて
大切な人を悲しませて、苦しませて
自分の尊厳を、自分自身を傷付けてまで
そうまでして、生き延びたくはなかった。
その選択が、良くないものだと解ってる。
けれど、行き着く先は変わらない。
どちらを選んでも傷付ける未来には変わらない。
悲しませたくない、苦しませたくない。
泣かせたくない、傷付けたくない。
本心だけれど。
本当に、大事で、かけがえのない人達だけれど。
けれど。
俺は、なにより、自分を救いたかった。
血の気のない
真っ白な、痩せ細った手。
最後の力を振り絞り
喉元に繋がったその管を引き抜いて
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
小、中学はろくに通えず
高校にも進学できなかった。
病状の悪化で、15歳から長い入院生活が始まる。
ほとんど寝たきりの生活。
筋力も体力も落ち、細い体、常に青白い顔。
まるで、亡霊のようだった。
自分の体なのに、自由にできないもどかしさ。
食べることも、眠ることも、動くことも
うまくできない。
そんな現状に嫌気がさして
苛立ちが募っていた。
毎日毎日、行き場のない苛立ちを抱えて
病室のベッドの上で
ただ、時間が過ぎ去るのを待っていた。
そんな折
見かねた家族が、少しでも
俺が過ごしやすいようにと
どこもかしこも人で溢れ
騒がしくて、忙しない
そんな都会にある、その病院ではなく
自然豊かで、空気の澄んだ田舎町の病院へ
転院することを決めた。
田舎ではあるものの
医療体制はしっかりしているため
変わらない治療を受けながら
療養できるとのことで
家族は迷わず、職を捨て、家を捨て
新しいその場所で
一からすべてを築き直すことを選んだ。
都会の喧騒。
あの息苦しさから、解放されたおかげか
俺の体調は大分良くなったけれど
いたたまれなかった。
家族に、今まで築き上げてきたものを
慣れ親しんだ土地や、人
積み重ねてきたさまざまなものを
捨てさせてしまった。
奪ってしまった。
そんなことはないと
俺(家族)が一番、大事なんだと
新しい暮らしも悪くない、新鮮で楽しいと
あの人たちは、屈託なく笑って言ったけど
その笑顔に、優しさに
俺は罪悪感でいっぱいになって
叫び出しそうになった。
***
都会の病院にいた頃より
マシになったとは言え、相変わらず
些細なことで悲鳴を上げる貧弱な体。
起き上がるのも、歩くのも
食事を摂ることさえ一苦労で
それでも、四六時中、寝たきりの廃人には
なりたくなくて、懸命に努力した。
地道な努力は
ゆっくりと、けれど着実に実を結んだ。
亀のようなスピードではあるけれど
平坦な道であれば
息切れを起こさずに、歩けるようになった。
食事も時間をかければ
用意された分を完食できるようになり
食べられるようになったおかげか
立ちくらみや、めまいを起こす頻度も減った。
マイナスが、ゼロにほんの少し
近付いただけに過ぎなくても
その確かな変化は、自分を勇気づけてくれた。
たとえ
『…………嘘、ですよね…?』
どれほど努力しようが
『……………この子の余命が………』
願おうが
『……………………あと、1年だなんて………。』
行き着く先は変わらなかったとしても。
***
自分が抱えるこの病に
確実な治療法や薬がないことは知っていた。
ある程度、状態が良くなったとしても
長く生きられない事も覚悟していたけれど…。
突然の余命宣告。
あまりに短い、自分の人生の残り時間。
冷静では、いられなかった。
色んな想いが胸の中に溢れて。
隣で、茫然とする自分の代わりに
泣いてくれている人達に対して罪悪感が浮かび。
告げられた事実に
悲しくなって、苦しくなって。
そんなものだと
現実は、漫画やアニメのようにはいかないものだと
諦めのような
達観するような気持ちがあったり。
どうして自分が、自分だけが、と
すべてを責めたくなるような
激しい怒りに呑まれそうになったり。
それでも、もしかしたらと
わずかに残る希望に縋る自分がいたり。
ないまぜの感情。
複雑な想いが胸の中でせめぎあい
しばらくの間、うるさく騒ぎ続けた。
***
一時帰宅が許された。
病院にいたところで
これ以上出来ることはない。
なら、せめて、残された時間を家族と共にと
主治医や周りの人にすすめられ
俺や家族は、それに頷いた。
初めて足を踏み入れた我が家。
複雑な心境のままであったけれど
それでも
家族に『おかえり』と言ってもらえて
ああ、ようやく帰ってこられた、と
ひどく安心したのを覚えている。
辛い宣告と引き換えに
家族と過ごす時間を手に入れた、春の終わり。
最初で最後の一時帰宅。
その最中の出来事だったんだ。
夏の真っ只中。
俺は、彼女と出会った。
***
余命宣告を受けた後も
変わらずリハビリや体力作りを続けていた。
ある日の朝。
早朝の散歩を終えたものの
まっすぐ家に帰る気が起きなかった俺は
そのまま、ふらふらと町を徘徊していた。
その内、段々と日が昇り
容赦なく、熱い日差しが全身を襲う。
じりじりと、焼き付けるような暴力的な暑さ。
みるみる内に、全身から汗が吹き出す。
ちょうど、すぐ近くに大きな河川があった。
たまらず、涼を求めてそこへ向かった。
木陰に腰をおろして
涼しげな空気が流れるのを感じながら
地面を見つめ、大きくため息をついた。
身体にまとわりついていた熱気が
だいぶ和らぐ。
日差しが弱まるまで、しばらく
そこで休むことにした。
そんな中、どこからか耳に入る、楽しげな声。
ゆっくり顔を上げれば
少し離れた場所で、子供達が遊んでいるのが見えた。
……元気だな。
空に弾ける水しぶき。
遠目でも、はっきり見える。
無邪気な笑顔、楽しそうな笑い声。
照り付ける陽光をものともせず、はしゃいでる。
そんな姿が眩しい。
自分にないものを
当たり前のように持っている。
妬んだところで
それが手に入るわけでもないのに
どうしても、羨ましくて
思わず目を逸らしてしまう。
けれど、その瞬間。
不意に、その声が消え
代わりに響いたのは、叫び声。
女の子の悲鳴と、男の子の慌てる姿。
取り乱すその子達の視線の先には
…………嘘だろっ!?
目を見開く。数秒ほど、息が止まった。
信じられない事が
目の前で起こっていたから。
遠目でも分かった。
小さな女の子が流されている。
必死に激流に抗っている姿が見えた。
もがき苦しみながら
必死に両手を伸ばして、助けを求めている。
けれど、幼い体では
その勢いに抗う事は叶わず。
やがて、その姿は完全に水中に消えた。
驚きも、動揺も、一瞬だった。
正確には、それに浸っている時間はなかった。
あのままでは、死んでしまう。
自分の目の前で
死んでしまう
そう思って
そこからは、もう身体が勝手に動いた。
火事場の馬鹿力とでも言うのか
普段あれだけ
言うことを聞かない自分の体が
この時だけは
信じられないくらいの力を発揮した。
水中に飛び込む。
冷たい。
痛い、苦しい。
重い。
身体は悲鳴をあげていた。
けれど、そんなものは二の次だ。
助けなければ。
自分の目の前で、人が死ぬことが
命が消える、その瞬間を見ることが
なにより、恐ろしかった。
水の中。
ぼやける視界の先に、見つけたその子。
小さなその手を、体を必死に手繰り寄せ
無我夢中で体を動かした。
やっとの思いで、岸までたどり着いて
その子の息があることを確認して
そこで、俺の身体は限界を迎えた。
意識が途絶える寸前。
閉じかけたまぶたと
反対に
薄く開いた、そのまぶた。
ほんの一瞬、交わった視線に
ひどく安堵して
そのまま、俺は意識を手離した。
***
本当なら、無理をしなければ
残り一年の命だった。
けれど、火事場の馬鹿力の代償で
それは、かなり短くなった。
その短い時間が、さらに短くならないよう
なんとか持たせるために
俺の身体は機械と管に繋がれた。
しばらくは、意識はあるけれど
自分や、自分のまわりで起こっていること
物事をはっきりと認識することは出来ず。
ぼんやりと
夢の中を漂っているような状態だった。
それが、続いて
時折、夢から覚める瞬間が増え
徐々に徐々に、自分の身に起こったことを
理解することができた。
覚悟する時間なんてなかった。
自分がずっと
拒んでいた未来が、そこにあった。
耳は聞こえるけれど、声がうまく出せず
会話することが出来なかった。
身体は
手足は多少、動かすことは出来たけれど
起き上がることは出来ず、寝たきり。
当然、食事も排泄も
自分ひとりではこなせず
誰かに頼らざるを得なかった。
誰かに、機械に、頼らなければ
すぐにでも消えてしまうような弱々しい命。
ただ、幸いだったのは
言葉を発することができないから
家族に弱音や、苛立ちをぶつけたり
暴言を吐くようなことがなかったこと。
そういうことが
言葉で傷付ける事がなかったこと。
それと
あの小さな女の子が
無事に、家族のもとへ帰れたこと。
1度だけ。
もしかしたら
何回も来てくれていたのかも知れない。
でも、俺が覚えているのは、その1度だけ。
その1度の記憶さえ、おぼろ気だけど。
あの子の両親が、俺の所へやってきて
涙を流しながら、何度も、何度も
俺と、俺の両親に謝罪と感謝を繰り返した。
あの子の両親から
あの子が元気なこと、俺にとても感謝していて
会いたがっていることを聞いた。
朦朧としている意識の中。
遠くに聞こえる、けど、確かに届いたその言葉に
ただただ安堵した。
死んでなかった。
ちゃんと助けられたことに。
夢と現実を行き来するような状況下で
ずっと、心に引っ掛かっていた
唯一の心残りがなくなった。
安心した。
もう、未練はなかった。
これ以上
誰かや、何かに
頼って、すがり付いて
大切な人を悲しませて、苦しませて
自分の尊厳を、自分自身を傷付けてまで
そうまでして、生き延びたくはなかった。
その選択が、良くないものだと解ってる。
けれど、行き着く先は変わらない。
どちらを選んでも傷付ける未来には変わらない。
悲しませたくない、苦しませたくない。
泣かせたくない、傷付けたくない。
本心だけれど。
本当に、大事で、かけがえのない人達だけれど。
けれど。
俺は、なにより、自分を救いたかった。
血の気のない
真っ白な、痩せ細った手。
最後の力を振り絞り
喉元に繋がったその管を引き抜いて
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
