「あ、あった! ほら、足出して」
 「いや、自分でできます」
 「もう、いいから。大人しく言うこと聞いてや」
 「…………」


 むっと唇を尖らせて、じとと見つめられればなんだかこちらが悪い気がしてくる。男が手に持つ消毒液が傷口に染みると分かっているからこそ、自分で加減しながらやりたいのだけれど。一向に譲る気配のない相手を前に、俺が折れるしかないと早々に諦める他なかった。


 「ほな、いくで」
 「お手柔らかにお願いします」


 顔を顰めながら言う俺を見て、なぜか「へへ」と嬉しそうに笑って頷いた彼は、垂れないように傷口の下にティッシュを押さえた後、ぷしゅっと消毒液を吹きかけた。いや、威力。


 「ッ、」
 「ごめん、痛いよなぁ」


 高校生にもなってかっこ悪いとかダサいとか、そんなことを気にする余裕もないままに、足を押さえて悶絶する。筋肉質な太ももに爪が食い込んでいるけれど、消毒液が染みている傷口の方が断然痛い。へにょりと下がった眉、申し訳なさそうに謝られるけれどそれどころじゃない。声を出さなかったのは最後の意地だった。


 「よし、これで終わり。頑張ったなぁ、えらいえらい」


 仕上げにごついリングを嵌めた人差し指が丁寧に絆創膏を貼り終える。そしてそのまま手が伸びてきて、くしゃりと髪を撫でられた。この歳になって、こんな風に真っ向から褒められることなんてなくて、ちょっと気恥ずかしい。でも、嫌な気分にはならなかった。


 「後で矢野ちゃん帰ってきたら、怪我人来てたでって言っとくから名前教えてもらってもいい?」
 「……蓮水蒼人(はすみあおと)です」
 「蒼人くんやね、了解。俺は獅子道新(ししどうあらた)、よろしく」


 にぱぁっと目がなくなるほど笑った顔が眩しい。恐らく同級生なんだろうけど、初対面の相手にいきなりタメ口は使えない性分のせいでずっと敬語で話す俺を気にする様子もなく、彼は俺のことをいとも簡単に名前で呼んだ。まるで昔から知っているみたいに、淀みなく。

 部員からもクラスメイトからも名前で呼ばれているけれど、くん付けはちょっとキャラじゃないかも。だけど、柔らかな口調で紡がれる自分の名前はなんとなく心地よくてこのままでいいやと思ってしまった。

 これでも一応品行方正で通っている俺が、見るからに不良の彼ともう絡むことなんてないだろうに。獅子道くん、と頭の中で反芻しているのも変な感じ。