――あ、まずい。
 そう思った時には、既に遅かった。ズサァッと勢いよく地面に叩きつけられた体に痛みが走る。大丈夫、足を挫いたわけじゃない。ただのかすり傷。こんなの、サッカーをしていたらよくあることだ。

 だけど、怪我自体に体が慣れてくれるわけがなく、砂利混じりの傷跡には赤が滲んでいる。膝をやっちゃったのは、マイナスだな。もっといい受け身の仕方があっただろうに。なんて考えていれば、ぶつかってきたチームメイトの野井(のい)ちゃんが慌てて駆け寄ってきた。

 これは練習なんだし、DFは相手を削ってなんぼでしょ。だけど、心優しい野井ちゃんは毎回気にしちゃうようで、顔面蒼白かってぐらいの焦りを見せる。


 「ごめん、大丈夫?」
 「うん、平気。俺の動き出しが悪かっただけだから、野井ちゃんはそんな気にすんなって」
 「でも、その怪我……」
 「あー……、このまま続行ってわけには、」
 「蒼人(あおと)、保健室。これ、キャプテン命令な」
 「はーい……」


 サッカー馬鹿だと自他ともに認める俺のことを見逃すほど、キャプテンは甘くない。水で流してくればそれで大丈夫だろなんていう甘い考えは、見透かされている。


 「なんだ、嫌そうだな。俺が保健室まで着いて行ってやろうか?」
 「いや、一人で行きます。一人で!」


 ちぇっ、せっかくのミニゲームだっていうのに、途中退場かよ。俺の反応があと少し早ければ、スライディングを躱してシュートまで持っていけたのに。良いディフェンスだったよ、野井ちゃん。でも、次こそは絶対にゴールを決めてやる。メラメラと燃え上がるサッカー馬鹿の闘志を秘めたまま、俺は大人しく保健室に向かった。決して、キャプテンの圧に負けたわけではない。体育会系の部活だから、先輩の言うことは絶対ってだけ。

 監督からノックを受けている野球部の横を通り抜け、ハードルを颯爽と越えていく陸上部を横目に水道まで向かう。俺たち一年生が加わって、どこの部活も活気づいている。部活動が盛んな進学校なだけあって、インターハイに向けた練習に熱が入っている。少しでも長い夏を過ごすために、みんながむしゃらになっているのが伝わってくる。やる気の相乗効果ってのもあると思う。負けたくて挑む奴なんていないから。


 「うわ、痛そう。転んだの?」
 「そ、派手にやっちゃったわ」
 「サッカー部の天才エース様も怪我とかするんだな」
 「うるせーよ、練習に戻れ」


 休憩していたのだろう、水道で顔を洗っていた先客のクラスメイトが声をかけてくる。テニス部の水城(みずき)だ。前髪から水が滴っている。お調子者で、よく先生に叱られているところを目にする。あまり話したことはないのに、こうやって親しげに話しかけてくるあたり、自分にはないコミュニケーション能力だと感心してしまう。