あれ程嫌だと言ったのに、自ら女装をする決断を下すことになるとは思ってもみなかった。姉さんにまた事情を話すと、やたらと嬉しそうに二つ返事で了承され、約束の土曜日は無駄に早く起こされた挙句、諸々の準備をさせられた。起き抜けに浴室へ放り込まれ、除毛クリームで全身をつるつるにするよう言われたかと思えば、風呂から出るなり顔に冷たいパックをつヒンヤリしていて付けた時は思わず肩が上がった。
前回の反省を踏まえて、今日は事前に用意しておいたスニーカーを履くことにしていた。俺が普段履いているようなゴツゴツとしたスニーカーではなくて、シンプルな可愛いらしいスニーカーだ。ブランドものでもなく、安めで雑貨屋なんかで購入できるものを姉さんが用意してくれていて、三日前から履き慣らしておいた。今日の服装は俺好みで、白い花柄の黒いロングスカートに白いパーカー。その上にデニムのジャケットを羽織る。よく見る女の子の服装だけれど、幼さがあって可愛いと思う。まぁ、着ているのが俺でなければ。
こんなに可愛い服を同性の、しかも男のために着ることが来るとは思っても見なかったけど……。
「あと、事情は何であれ『私』ってちゃんと言いなさい。今日は女の子、女子なんだから」
慣れた手つきで俺にメイクをしながら姉さんが言った。
「俺が?」
「私、でしょ」
「……わ、私……」
「そうそう。社会人になったら使う一人称の一つだと思えば、別に変じゃないでしょ?はい、目少し瞑って」
『私』なんて言い慣れていないから、口にしただけで身体中から毛が逆立つ気がした。だが姉さんの言うことも一理ある。それに今日は練習だ、練習。新入生勧誘期間のための練習だ。そう何度も自分に言い聞かせる。それにこの間初めて自分の女装を見て割と自信は持った方だ。突然告白をされるぐらいだし、こんなことを言ったら誰かに殴られても仕方ないだろうけど、その辺の女の子よりはモテる自信もあった。ふふん、と鼻を鳴らして笑っていると、姉さんにじっとして!と怒られた。
「はい、終わりっ」
数十分経って、姉さんがメイクを終えた。俺が大きな欠伸をしながら、お礼を言うと姉さんは怖い顔を向けてきた。
「仕方ないじゃん……慣れないんだから」
「おしゃれは我慢って言うでしょ?」
そうは言われてもじっと耐えているのもしんどい上に、今日はいつも以上に早く起こされたのだ。目を閉じてと言われるたびに、そのまま眠りにつきそうになっても仕方ないだろう。
「ほら、見て。この間より可愛くできたっ!」
鏡を渡され、映り込む別人の自分を見つめる。確かに、前回よりも気合が入っている気がする。でもそれって、逆に『楽しみすぎて頑張ってしまった女の子』にならないだろうか。今日は太陽から高ポイントを獲得するためにメイクをするわけじゃない。開き直っていたのは確かだが、あくまでも正直に全てを打ち明けるキッカケにするメイクなのだ。これでは寧ろその逆な気がして変に不安が込み上げる。
「姉さん、これ」
「うん、可愛いから大丈夫」
「いや、そうじゃないんだけど……」
「アンタが前に付き合ってた彼女より全然可愛い」
「……その話が発端なんだからやめてくれよ」
頭を抱える俺をよそに、姉さんは以前と変わらず楽しそうだった。相変わらずスマホのシャッター音が止まらない。
「逆に楽しんでみたら?そのしかめっ面、せっかく可愛くしてあげたのに勿体ないんだけど」
「楽しむって……どうやって」
「イケメンに愛想振りまいて騙すとか」
「うーわ、サイテー」
苦笑いをしながら答えると、姉さんは俺の被っているウィッグを手で梳かした。
「悔しいけど本当に手のひらで男を転がしてそうな女の子にしか見えないもの。でも高嶺の花ってそんな感じでしょ?それに、こういうのは楽しんだ方が良いじゃない」
姉さんの話は多少し引っかかる箇所があったが、鏡に映る自分を見て俺も同意はする。確かにこれは、よく見る可愛い系の小悪魔女子だ。ここまで別人に見えるなら楽しんだ方が気持ちも楽だというのにも頷ける。
「女の子はデートの前に新しい服とか買っちゃうの。そういう気持ち考えたら、きっと振られない彼氏にはなれるはず」
「だから傷を抉ぐるなってーの」
にやにやと鏡に映る姉さんはこの間と同じで、俺よりも何倍も楽しそうだった。
前回の反省を踏まえて、今日は事前に用意しておいたスニーカーを履くことにしていた。俺が普段履いているようなゴツゴツとしたスニーカーではなくて、シンプルな可愛いらしいスニーカーだ。ブランドものでもなく、安めで雑貨屋なんかで購入できるものを姉さんが用意してくれていて、三日前から履き慣らしておいた。今日の服装は俺好みで、白い花柄の黒いロングスカートに白いパーカー。その上にデニムのジャケットを羽織る。よく見る女の子の服装だけれど、幼さがあって可愛いと思う。まぁ、着ているのが俺でなければ。
こんなに可愛い服を同性の、しかも男のために着ることが来るとは思っても見なかったけど……。
「あと、事情は何であれ『私』ってちゃんと言いなさい。今日は女の子、女子なんだから」
慣れた手つきで俺にメイクをしながら姉さんが言った。
「俺が?」
「私、でしょ」
「……わ、私……」
「そうそう。社会人になったら使う一人称の一つだと思えば、別に変じゃないでしょ?はい、目少し瞑って」
『私』なんて言い慣れていないから、口にしただけで身体中から毛が逆立つ気がした。だが姉さんの言うことも一理ある。それに今日は練習だ、練習。新入生勧誘期間のための練習だ。そう何度も自分に言い聞かせる。それにこの間初めて自分の女装を見て割と自信は持った方だ。突然告白をされるぐらいだし、こんなことを言ったら誰かに殴られても仕方ないだろうけど、その辺の女の子よりはモテる自信もあった。ふふん、と鼻を鳴らして笑っていると、姉さんにじっとして!と怒られた。
「はい、終わりっ」
数十分経って、姉さんがメイクを終えた。俺が大きな欠伸をしながら、お礼を言うと姉さんは怖い顔を向けてきた。
「仕方ないじゃん……慣れないんだから」
「おしゃれは我慢って言うでしょ?」
そうは言われてもじっと耐えているのもしんどい上に、今日はいつも以上に早く起こされたのだ。目を閉じてと言われるたびに、そのまま眠りにつきそうになっても仕方ないだろう。
「ほら、見て。この間より可愛くできたっ!」
鏡を渡され、映り込む別人の自分を見つめる。確かに、前回よりも気合が入っている気がする。でもそれって、逆に『楽しみすぎて頑張ってしまった女の子』にならないだろうか。今日は太陽から高ポイントを獲得するためにメイクをするわけじゃない。開き直っていたのは確かだが、あくまでも正直に全てを打ち明けるキッカケにするメイクなのだ。これでは寧ろその逆な気がして変に不安が込み上げる。
「姉さん、これ」
「うん、可愛いから大丈夫」
「いや、そうじゃないんだけど……」
「アンタが前に付き合ってた彼女より全然可愛い」
「……その話が発端なんだからやめてくれよ」
頭を抱える俺をよそに、姉さんは以前と変わらず楽しそうだった。相変わらずスマホのシャッター音が止まらない。
「逆に楽しんでみたら?そのしかめっ面、せっかく可愛くしてあげたのに勿体ないんだけど」
「楽しむって……どうやって」
「イケメンに愛想振りまいて騙すとか」
「うーわ、サイテー」
苦笑いをしながら答えると、姉さんは俺の被っているウィッグを手で梳かした。
「悔しいけど本当に手のひらで男を転がしてそうな女の子にしか見えないもの。でも高嶺の花ってそんな感じでしょ?それに、こういうのは楽しんだ方が良いじゃない」
姉さんの話は多少し引っかかる箇所があったが、鏡に映る自分を見て俺も同意はする。確かにこれは、よく見る可愛い系の小悪魔女子だ。ここまで別人に見えるなら楽しんだ方が気持ちも楽だというのにも頷ける。
「女の子はデートの前に新しい服とか買っちゃうの。そういう気持ち考えたら、きっと振られない彼氏にはなれるはず」
「だから傷を抉ぐるなってーの」
にやにやと鏡に映る姉さんはこの間と同じで、俺よりも何倍も楽しそうだった。



