人を好きになって、自分から告白したのは初めてだった。初恋は中学生の時、同じクラスになった女の子だった。身長が低くて、少しだけ垂れ目な子。ぴょこぴょこ動くのが可愛いと思っていた。三年間、ただの片想いだった俺は、卒業式でこの想いを告白しようと決心していた。だが、いざ呼び出そうとした時、彼女がテニス部のエースに告白をしているのを見かけてしまい、そこで俺の気持ちは簡単に砕け散ってしまった。呆気なくその初恋は幕を閉じたのだ。好きになってもそんな結末があるなんて知らなかった。読んできた本や見てきたドラマの結末は、必ずハッピーエンドだったから。自分が悲しくなる恋なんて、もうしないと思ったほどには、初恋のその傷は大きかった。
 しかし、高校生になると周りにカップルが増え、やっぱり彼女がほしくなった。だが、やはり気持ちを伝えるタイミングが遅く、良いなと思った子はどんどん彼氏を作っていく。彼女達の中で、俺は「ただの仲の良い男友達」に留まるようになり、だんだんと関係の浅い友人が増えた。それはそれで楽しかったが、大学に入ってからは更に周りにはカップルが増えていく始末。ぶっちゃけ僻んでもいたが、自分の行動が遅いせいなのは分かっていたし、中学の時のことがトラウマになっているのか分からないが、本気で人を好きになることはほとんどないに等しかった。
 そんな中、春休み前に出会ったのが『マシロちゃん』だった。
 転びかけた彼女の腕と身体を支えた時、驚くほど軽く、その華奢な身体にまるで透明な羽根が生えているような気がした。見た目も可愛いらしく、学内にいたら間違いなく男女問わず騒がれていそうな存在だった。その姿に目を奪われれば、時間が経つことすら忘れてしまいそうな、そんな雰囲気を纏った綺麗な子だった。思わず口に出して「可愛い」と言った時は、自分でも理性が働かないことがあるのだということを知ってしまうほど。気持ちまで募って、勢いよく一瞬で生まれた想いまで告げてしまった。あの日からずっと彼女のことが頭から離れない。ずっともやもやとしていて、バイト中も集中できなかった。
 もう一度会いたい……。
 そう思うのに、彼女がどこの学部の何年生かも分からず、探せず終いだった。連絡先をこちらが聞いておけば良かったとさえ後悔した。待っているだけがこんなに苦しいなんて。こんなにも夢中になることなんて、今までの人生であっただろうか。中学生の時に好きになったあの子にだって、そんな想いを抱いたことはなかったはず。居ても立って居られず、サークル活動の合間や、バイトのない日は彼女と出会ったベンチの近くへ足を運んだ。時間のある限り、彼女に会うために尽くそうと決めたのだ。いつも一緒にいるメンツには「諦めろ」とか「きっと夢だったんだろ」とか極め付けに「マシロって名前の女の子はこの大学にはいない」とまで言われる始末だ。わざわざ調べてくれた彼には申し訳ないが、彼を信用するというよりも、いないという事実を信じることができなかった。だって彼女は俺の前にいたのだから。この手に触れた事実があるのだから。もしかしたら、この大学の学生じゃないのかもしれない。だけど少なくとも彼女は存在したのだ。いることはいる。ならばきっと会える。いや、絶対にもう一度会う、会いたい……!
 連絡が来ない数日間。モヤモヤという胸の苦しさと戦いながら、彼女からの連絡を待った。暇があれば画面を確認し、画面更新をする。SNSでも学内で誰か見かけていないか検索をする毎日。周りに呆れられ、溜息を吐かれようが、虚しくなろうが続けていた。そしてつい先程、知らないIDからアプリに新規メッセージが受信されたのだ。
 
「わ、えっ、やばいやばいやばいやばいっ!どうしよう……来ちゃった!?」
 嬉しさと困惑が一体化して頭の中は真っ白だった。狭いアパートの自室で大きな声を出してしまい、壁が薄いことを思い出して咄嗟に口に手を当てた。
「落ち着け、俺……。まずは深呼吸、深呼吸……!」
 ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐いて……。
 数回深呼吸を繰り返し、震える手でアプリを起動した。
 変な期待はしてはダメだ。新しい企業アカウントのお知らせの可能性だってある……。
『こんにちは、先日はありがとう』
 簡素なメッセージではあるが、嬉しくて身体中にまとわりついていたモヤモヤが晴れ、かわりに心臓がものすごい勢いで鳴っているのが耳の奥の方で聞こえてくる。文面から分かる。これは紛れもないあのマシロちゃんからのメッセージだ。ゴクリと唾を飲み込むと、既に震えていた手が更に震えて、ベッドの上にスマホを投げ落としてしまった。喉の奥がカラカラになり、噎せながらスマホを拾いあげた。何度見返しても画面上には彼女からのメッセージがある。目をこすっても、そのメッセージは霞むことも消えることもない。
「き、きてる……!夢じゃ、ない……っ」
嬉しくてじわっと目が潤み、鼻の奥がつうんと少し痛んだ。
 こうしてはいられない、すぐに返事をしないと……!
 スマホをベッドに置き、正座をして震える手を片手で支えながら、指先で文字を打ち込んだ。