「お、やっときた」
 部室の扉を開けると、待ってましたとばかりにニヤニヤと笑った青木先輩が、数人のサークルメンバーと一緒に扉を開けた俺に視線を向けた。
「お疲れ……さまっす」
 視線の数的に、自分以外のメンバーが揃っていることを把握した。心臓はまだうるさい。急いできたせいもあって、息が上がり、呼吸も苦しかった。
「うっす。んじゃ、はじめるか」
 青木先輩は、息を整える俺を横目に話題を切り出した。俺は急いで窓際の空いている椅子に腰掛け、大きく深呼吸をした。
 俺の所属しているサークルは、十数人という少人数のサークルで、最近は周りからただの飲みサー呼ばわりされている。だが、実際は大学の謂わゆる生徒会的な団体と協働してイベントを企画するサークルだ。通称「イベ部」と呼ばれていて、入った当初からこの略し方はめちゃくちゃダサいと思っていた。しかし、ダサい呼び名ではあるが、やる事はきちんとやるサークルだ。それに、学祭や学校行事の運営を行うのは大変だけれども楽しかったりもする。住めば都とはこのことだろう。イベ部という略称だって、今はしっかりと自分の中に馴染んできている。そんなやりがいのあるサークルだからこそ、失くさないためにも毎年春休みから新入生の勧誘準備に力を入れるのだ。
「じゃ、本題。ただ、学校行事を手伝うサークルっていうとさすごい入り辛いと思うだろうから、イメージ変換が課題だと思うんだけど、どうよ?」
 サークルの部長が議題を出した。今日はサークルの中心にいる人たちと、部室に余裕持って入れる人数だけが集まっていた。だが、蓋を開ければもともと全体数が少ないサークルだ。本当は片手で数えられる人数が休んでいるだけで、何かを決めるのには充分な人員である。
「たしかに。なんか堅いイメージがあるっていうか。そんなこと実際にはないのにね」
「じゃあさ、イベントごとに率先して参加してるよ〜アピールできりゃ良いじゃん。ほら、去年のハロウィンコスプレ大会!楽しかったし」
「あー!有り有り。そしたら勧誘の時期にコスプレとかどうよ?」
「それいけるっ!大学ってこうやって自由だよアピいけそう!」
 先輩達が各々の意見を言い合う。この場合、他に案があっても流れ的には乗った方が良いだろう。周りも乗り気なように見えた。実際、楽しくできれば良いと思ったし、名案だと思った。去年のハロウィンコスプレ衣装なら、きちんとクリーニングもして、部室のロッカーに仕舞い込んである。一年生としてその雑用をやった手前、再度その衣装を使うことに抵抗はない。
「そしたら、真城は女装だな」
「へっ?」
 思わず声が裏返った。青木先輩がこちらをニヤニヤと見ている。
「いやいや、ないない」
 苦笑いで誤魔化しながら首を振ると、他の女性陣達が俺の顔をじっと見てきた。
「悔しいけど、真城って顔良いからね……化粧映えしそう」
「うんうん。体力的に男の子入って欲しいし、ここは美人になる可能性踏んでも良いよねっ」
「いや、待ってくれ。俺の意見はっ」
 青木先輩がすかさず肩を組んできた。この状況、まさにデジャヴすぎる。
「罰ゲームをこのための練習だって正当化すれば、噂なんて消えるだろ」
「は?」
 耳打ちをされ、先輩を見ると、悪魔のようにニヤニヤと笑っている。この人は頭が良いのか悪いのか全くわからない。
「待ってくださいよ、噂なんか流れてました?」
 勧誘期間に女装することは一旦置いといて、俺は青木先輩に詰め寄った。少なくとも俺はそんな噂を耳にしてはいない。すると、青木先輩は誤魔化すように「あーじゃあ、わかったわかった」と、何が分かったのか分からない遮り方をした。
 この人、また適当なことを……!
「なら、こうしよう。数名だけ女子は男装!男子は女装!これで良いだろ。二名ぐらいはちゃんと笑いに寄せる方がベストだ!」
 青木先輩の提案に、部長が笑いながら決定事項だと声を上げると、口々に異議なし!声とともに、賛成多数が率先して楽しそうに作戦を練り始め、俺一人の意見なんて通らないまでに話が進んでいった。

 後になって、俺が学校に来なくなるのではないかと黒崎さんが心配をしていたことを知った。そんな心配をしてくれるのなら、やる前に青木先輩を止めてくれれば良かったのに。考えれば考えるだけ溜息が出てしまう。過ぎた事はしょうがないとはいえ、また女装をすることは億劫だった。何より、太陽のことが気になる。やはり、こうなってしまった以上、連絡をとるべきだろうか。IDは既に入力してある。検索履歴から飛べばすぐにメッセージを送る事は可能だ。このまま黙っていることも出来るが、勧誘時期に女装だと言いふらしながら校内で出くわした方がショックが大きいだろう。というか、俺の方も色々ダメージを食う。だとしたら、彼の心の傷的にも先に知ってしまった方が良いのかもしれない。あぁ、でも、どう切り出したらいいんだろうか……。
 悶々としながら帰路につき、自宅へ帰ると机の上に数日間放置したあのルーズリーフを手に取った。
 俺なら知らないままより、全部知ってから一発ぶん殴る方がマシかな……。
 そう思うと、善は急げだ。早い方があっちもダメージが軽くなって、殴られる可能性も低くなるだろう。俺はスマホのメッセージアプリを開き、彼のIDを検索履歴から表示した。