しばらくすると青木先輩から返事が返ってきて、後ほど黒崎さんと一緒に向かうと言われた。一瞬誰のことかと思ったが、合コンで視線を集めていたイケメンのことだった。青木先輩が変なことを言い出さなければ、きっと二度と関わらないはずだったのに。あの日、俺は結局飲み疲れて立ち上がるのもやっとになり、彼に支えてもらいながら電車に乗り込んだ。腰に回された手に不快感を覚えたのはその時が初めてで、送ってもらっている身でありながら相当嫌な顔をしていただろう。しかも最寄駅で降ろしてもらったというのに、お礼もきちんとした覚えがない。酒のせいとは言え、その時が初対面だった相手に迷惑をかけすぎたと後々反省をした。その後、彼とは会うことはなかったため、距離感も微妙なままである。今日これから会うと思うと、急に胸焼けしてきた。
そんな事よりも、先程からチラチラと歩行者がこちらを見てくるような気がする。というか見られている。広い大学なのだから、一人ぐらい知らない人がいてもおかしくはない、とか誰も考えないのだろうか。いや、そもそも裸足でベンチに座りながらストレッチする女子大生なんて、まず俺が見たことない。そりゃ、視線が集まるはずだ。
「誰?」
「さぁ?」
「見たことある?」
「ない」
そんな会話が近くを通る人たちから聞こえてきた。もしかしたらウィッグがズレていて、あいつやばくない?みたいな、そんな会話かもしれないとまで思い、慌ててカバンのポーチから鏡を取り出したが、そうではなかった。やっぱり、裸足で座っている変な女の子がいると思われてしまったかもしれない。
居た堪れず、ベンチの近くの自販機で飲み物を買おうと、慣れないパンプスを履き直すと、靴擦れの痛みがに足がぐらついた。
「わっ」
「あ、ちょっ」
倒れる、と身構えていたのだが、身体が少し斜めになり、後ろから何かに引っ張られていた。ガシッと力強く手首を掴まれ、優しく腰を誰かに抱かれている。
「大丈夫……ですかっ?」
振り向くと、赤いパーカーを着た童顔のひょろっとした男が俺を支えていた。
「あ、えと……ありがとう」
なんとなく目を逸らして、お礼を言った。不思議と腰を抱かれても不快感がなかった。
「良かった、転ばなくて……って、うわ!足真っ赤!これ、もしかして靴擦れ?」
彼は慌てながら優しく俺の腕を引き、近くのベンチに座らせた。
「大丈夫、だから」
「俺、絆創膏あるから!」
彼はメッセンジャーバッグの外ポケットから絆創膏を取り出すと、俺の前に屈んで片足に触る。
「ちょっ」
「すぐだから」
片一方の手で踵を持ち、痛いとこを触らないように、壊れ物を触るようにゆっくりと丁寧に貼られた。まるで、お伽話のお姫様のような扱いだ。こんな扱いをされたのは初めてで、全身がピリピリとするほど緊張した。
「うん、これで大丈夫」
そう言って顔を上げた彼と目が合い、顔が火を噴くほど熱くなるのを感じた。
「わっ、え、あー……す、すみませんっ!」
「えっ、なんで謝って」
「ごめんなさいっ、ごめんなさい!女の子の足を勝手に触って本当にっ!そのっ」
「ちょ、落ち着いてってば」
「お、俺!ち、痴漢とかじゃなくて、ただその、本当にっ」
「わ、わかってるから、少し落ち着いて!」
真っ赤になったと思ったら、だんだんと青くなっていく顔。百面相を見ているようで面白いとも思ったのだが、謝れ続けられるのも困る。
「いや、でも!本当に、ごめんなさいっ」
急に深々と頭を下げられた。
「ちょっ、えぇ……」
困っている俺の背後では、周囲の人がなんの騒ぎだと騒がしくなり、こちらを通りすがりに気にする様子が伺えた。人が集まってこられても厄介だ。その中には普段から授業で顔を突き合わせる人も少なからずいるだろう。
「と、とにかく、別に怒ってないから……。むしろありがとう。だから顔上げて?」
男は深々と下げた頭をゆっくりと上げた。慌てたせいで額に滲んだ汗が光っている。そんな彼と視線がぶつかると、ブワッと全身が逆立つような感覚がした。
よくわからないけれど、とりあえず怒ってないことを全面的に伝えないとと思い、にこりと笑ってやると、彼は俺のその顔を見上げて思いがけない言葉を発した。
「可愛い……」
「…………は?」
「天使は……実在したかもしれない……」
「え……?何言って」
「あのっ」
両手を掴まれ、沢山中に詰められたニセモノの胸の前でぎゅっと握られた。
「ちょっ」
「僕と付き合ってくださいっ」
純粋な彼のキラキラとした目は真剣そのもので、まっすぐと俺を見ている。
ま、マジかよ……!
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。どうしよう、さっきも言ったが彼の目は真剣で、ガチだ。俺の目を逸らさず、じっと見据えて離さない。そのくせ、一文字に結んだ口は小さく震えている。小っ恥ずかしいほどに真っ直ぐな告白に、俺は顔が熱くなって行くのを感じた。
これはあれだ、彼を傷付けないように断らなければ。そうでないと「男に一目惚れして、白昼堂々と男に告白した男」として、彼に最悪なトラウマを植え付けてしまう。とにかく、慎重に……。
「あ、あの……」
「彼氏、いるんですか?!」
俺は勢いに負けてぶんぶんと首を振る。
「じゃあっ!」
ぎゅっと握られた手は、先程よりも強くなり、離そうにも離れない。
「あの、ちょっと離してほしいな〜……なんて」
「あっ、ごめんね……。この手を離したら二度と会えないってそんな気がしちゃって……」
少しだけ力を緩められたが、やはり離す気はないようだ。うるうるとした瞳に思わずドキっとさえする。しかし、状況が状況なだけにどうあっても罪悪感の方が強い。とにかく離れようともう一度手を引っ込めようとしたが、その潤んだ瞳と必死な顔に強く振り払うことが出来なかった。それに、可愛いとか天使とか言われた時は何を言い出すのかと思ってしまったが、正直悪い気はしない。いや、でも。俺は別に男と付き合うためにこの格好をしているわけではない。あくまでも罰ゲーム。不本意だが、青木先輩に笑われるためにやっていることなのだ。それに、後々知った彼に文句を言われても困る。最悪の場合、弁護士を連れて来られて「精神的苦痛を与えられた」なんて言われてしまうかもしれない。ここはやはり正直に話してやろうと、俺は気持ち悪がられる覚悟をした。
「……キミ、名前は?」
「あ、赤澤太陽ですっ!」
食い気味に言われて、少し仰け反った。真っ赤になりながら、必死に俺を捕まえているこいつが一瞬可愛く見える。
「太陽……くん?」
「はいっ!」
「あの」
「いた!真城だっ!間違いないっ」
大きな声にビックリして、思わず太陽の手を振り払った。振り向くと、遠くから青木先輩と黒崎さんが手を振りながらこちらに向かってくるのが見えた。
最悪だ。タイミングが悪過ぎる。この状態を説明したところで二人には大笑いされるだけだし、彼にはとんだ恥をかかせてしまう。
「あの、ごめんね。今日はちょっと人と待ち合わせしてて。えーっと、連絡先……」
「ちょっとまって」
太陽はメッセンジャーバッグからルーズリーフを取り出すと、電話番号とメッセージアプリのIDをさらさらっと書いて俺に渡した。
「ここに、連絡ください!俺、待っているから」
「えっと、うん。必ず連絡する。今日は大事な約束があって……その、失礼しますっ」
そう言って受け取ったルーズリーフを手早く折ってカバンの中にしまい、太陽に軽く手を振ると、俺は逃げるように先輩達の方へ走っていった。
そんな事よりも、先程からチラチラと歩行者がこちらを見てくるような気がする。というか見られている。広い大学なのだから、一人ぐらい知らない人がいてもおかしくはない、とか誰も考えないのだろうか。いや、そもそも裸足でベンチに座りながらストレッチする女子大生なんて、まず俺が見たことない。そりゃ、視線が集まるはずだ。
「誰?」
「さぁ?」
「見たことある?」
「ない」
そんな会話が近くを通る人たちから聞こえてきた。もしかしたらウィッグがズレていて、あいつやばくない?みたいな、そんな会話かもしれないとまで思い、慌ててカバンのポーチから鏡を取り出したが、そうではなかった。やっぱり、裸足で座っている変な女の子がいると思われてしまったかもしれない。
居た堪れず、ベンチの近くの自販機で飲み物を買おうと、慣れないパンプスを履き直すと、靴擦れの痛みがに足がぐらついた。
「わっ」
「あ、ちょっ」
倒れる、と身構えていたのだが、身体が少し斜めになり、後ろから何かに引っ張られていた。ガシッと力強く手首を掴まれ、優しく腰を誰かに抱かれている。
「大丈夫……ですかっ?」
振り向くと、赤いパーカーを着た童顔のひょろっとした男が俺を支えていた。
「あ、えと……ありがとう」
なんとなく目を逸らして、お礼を言った。不思議と腰を抱かれても不快感がなかった。
「良かった、転ばなくて……って、うわ!足真っ赤!これ、もしかして靴擦れ?」
彼は慌てながら優しく俺の腕を引き、近くのベンチに座らせた。
「大丈夫、だから」
「俺、絆創膏あるから!」
彼はメッセンジャーバッグの外ポケットから絆創膏を取り出すと、俺の前に屈んで片足に触る。
「ちょっ」
「すぐだから」
片一方の手で踵を持ち、痛いとこを触らないように、壊れ物を触るようにゆっくりと丁寧に貼られた。まるで、お伽話のお姫様のような扱いだ。こんな扱いをされたのは初めてで、全身がピリピリとするほど緊張した。
「うん、これで大丈夫」
そう言って顔を上げた彼と目が合い、顔が火を噴くほど熱くなるのを感じた。
「わっ、え、あー……す、すみませんっ!」
「えっ、なんで謝って」
「ごめんなさいっ、ごめんなさい!女の子の足を勝手に触って本当にっ!そのっ」
「ちょ、落ち着いてってば」
「お、俺!ち、痴漢とかじゃなくて、ただその、本当にっ」
「わ、わかってるから、少し落ち着いて!」
真っ赤になったと思ったら、だんだんと青くなっていく顔。百面相を見ているようで面白いとも思ったのだが、謝れ続けられるのも困る。
「いや、でも!本当に、ごめんなさいっ」
急に深々と頭を下げられた。
「ちょっ、えぇ……」
困っている俺の背後では、周囲の人がなんの騒ぎだと騒がしくなり、こちらを通りすがりに気にする様子が伺えた。人が集まってこられても厄介だ。その中には普段から授業で顔を突き合わせる人も少なからずいるだろう。
「と、とにかく、別に怒ってないから……。むしろありがとう。だから顔上げて?」
男は深々と下げた頭をゆっくりと上げた。慌てたせいで額に滲んだ汗が光っている。そんな彼と視線がぶつかると、ブワッと全身が逆立つような感覚がした。
よくわからないけれど、とりあえず怒ってないことを全面的に伝えないとと思い、にこりと笑ってやると、彼は俺のその顔を見上げて思いがけない言葉を発した。
「可愛い……」
「…………は?」
「天使は……実在したかもしれない……」
「え……?何言って」
「あのっ」
両手を掴まれ、沢山中に詰められたニセモノの胸の前でぎゅっと握られた。
「ちょっ」
「僕と付き合ってくださいっ」
純粋な彼のキラキラとした目は真剣そのもので、まっすぐと俺を見ている。
ま、マジかよ……!
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。どうしよう、さっきも言ったが彼の目は真剣で、ガチだ。俺の目を逸らさず、じっと見据えて離さない。そのくせ、一文字に結んだ口は小さく震えている。小っ恥ずかしいほどに真っ直ぐな告白に、俺は顔が熱くなって行くのを感じた。
これはあれだ、彼を傷付けないように断らなければ。そうでないと「男に一目惚れして、白昼堂々と男に告白した男」として、彼に最悪なトラウマを植え付けてしまう。とにかく、慎重に……。
「あ、あの……」
「彼氏、いるんですか?!」
俺は勢いに負けてぶんぶんと首を振る。
「じゃあっ!」
ぎゅっと握られた手は、先程よりも強くなり、離そうにも離れない。
「あの、ちょっと離してほしいな〜……なんて」
「あっ、ごめんね……。この手を離したら二度と会えないってそんな気がしちゃって……」
少しだけ力を緩められたが、やはり離す気はないようだ。うるうるとした瞳に思わずドキっとさえする。しかし、状況が状況なだけにどうあっても罪悪感の方が強い。とにかく離れようともう一度手を引っ込めようとしたが、その潤んだ瞳と必死な顔に強く振り払うことが出来なかった。それに、可愛いとか天使とか言われた時は何を言い出すのかと思ってしまったが、正直悪い気はしない。いや、でも。俺は別に男と付き合うためにこの格好をしているわけではない。あくまでも罰ゲーム。不本意だが、青木先輩に笑われるためにやっていることなのだ。それに、後々知った彼に文句を言われても困る。最悪の場合、弁護士を連れて来られて「精神的苦痛を与えられた」なんて言われてしまうかもしれない。ここはやはり正直に話してやろうと、俺は気持ち悪がられる覚悟をした。
「……キミ、名前は?」
「あ、赤澤太陽ですっ!」
食い気味に言われて、少し仰け反った。真っ赤になりながら、必死に俺を捕まえているこいつが一瞬可愛く見える。
「太陽……くん?」
「はいっ!」
「あの」
「いた!真城だっ!間違いないっ」
大きな声にビックリして、思わず太陽の手を振り払った。振り向くと、遠くから青木先輩と黒崎さんが手を振りながらこちらに向かってくるのが見えた。
最悪だ。タイミングが悪過ぎる。この状態を説明したところで二人には大笑いされるだけだし、彼にはとんだ恥をかかせてしまう。
「あの、ごめんね。今日はちょっと人と待ち合わせしてて。えーっと、連絡先……」
「ちょっとまって」
太陽はメッセンジャーバッグからルーズリーフを取り出すと、電話番号とメッセージアプリのIDをさらさらっと書いて俺に渡した。
「ここに、連絡ください!俺、待っているから」
「えっと、うん。必ず連絡する。今日は大事な約束があって……その、失礼しますっ」
そう言って受け取ったルーズリーフを手早く折ってカバンの中にしまい、太陽に軽く手を振ると、俺は逃げるように先輩達の方へ走っていった。



