彼女に振り回される彼氏って、こういうことを言うのだろうか。惚けた考えばかりが浮かんで、目の前のパスタの味がまったく分からなかった。彼女は楽しそうに笑いながらゆっくりと食べているし、少し長い髪を耳にかける仕草は、胸のあたりがヒュンとなるほどに綺麗だと思った。食べている時の上目遣いも、ぐっとくるものがあって、何度かかち合う視線もゆっくり離してはまた引き戻す、そんなことを繰り返していた。
「お腹いっぱいだね」
綺麗になった皿の上に、音を立てずにフォークを置く。仕草ひとつひとつが丁寧で、より惹かれていった。彼女は振り向いて店員に声をかけると、食後のデザートと言って、コーヒーを二つ頼んでくれた。そろそろこの間の件を言い出さないと。あんな一瞬で好きになるなんてありえないってきっと思われている。彼女は優しいから、それを言わずして伝えようと俺の話を遮っているはずだ。
「コーヒー、苦手だった?」
「えっ?」
「難しい顔してるから。苦いの嫌い?」
慌てて首を振る。良く見せようとして嘘をついた。いつもコーヒーには角砂糖を五個も入れてしまう。
「なら良かった」
ふふふっと楽しそうに笑うましろちゃんは眩しくて、コーヒーの苦味なんて一瞬で消してくれそうだ。
「あの、ましろちゃん」
「あ、はいっ」
かしこまる姿も可愛い。少し眉をハの字に寄せて俺を見ていた。
「俺、この間いきなりなこと言っちゃってきっと困らせたと思う……んだけど」
ちらりと彼女の様子を伺うと、真剣にこちらを見てくれていた。向こう側から店員が二人分のコーヒーカップを持ってくるのが見えて、一度深呼吸をする。
「太陽くん、続けて」
店員からコーヒーカップを受け取り、ミルクを入れながらましろちゃんが言った。角砂糖は流石に手元にないため、俺もミルクを入れてマドラーでゆっくりとかき混ぜる。
「初めて会った時、俺凄い失礼なこともしたし……。なんてやつだって思ったよね……。でも居ても立ってもいられなくて、なんていうか、咄嗟に手を伸ばしてたっていうか……」
ましろちゃんはコーヒーカップを両手で持って、こちらを見ていた。そういう仕草は計算なのか分からないけれど、やっぱり可愛いと思ってしまう。
「天使っていうのは言い過ぎだと思ってるけど?」
ふふふ、とまた可愛く言う。いや、言い過ぎなものか。また首を振ると、「コーヒー冷めちゃうよ」と言われた。
「俺、衝撃走ったっていうか、めちゃくちゃ運命って思ったし……。だからその、咄嗟に言った感じはあるんだけど、あれは本心なんだ。でもやっぱ引いたよね……?」
恐る恐る尋ねると、ましろちゃんは首を横に振った。
「ううん、引いてない。太陽くんは真っ直ぐで良いと思う。そういうのは大事にした方が良いなって。でもね……私、思ってるほど天使じゃないよ」
申し訳なさそうな表情で、困ったように話す彼女。さっきまでと雰囲気が変わった気がした。
「あのね、太陽くん。私も話があるんだ」
両手で持っていたコーヒーカップがソーサーに置かれた。
「実はさ」
ましろちゃんは言いかけて数秒後、目を見開いた。視線の先はお店の入り口に向けられていて、彼女は咄嗟に下を向いた。
「え、ましろちゃん?」
「あれ、真城?」
俺の後ろから声が聞こえ、振り向くと、彼女と初めて会った時に見かけた男性二人組が立っていた。一人がやたらと優しそうなイケメンで目を引いたのを思い出す。彼氏はいないと聞いていたが、意中の人かもしれない。そう思うと俺の背筋はピンと張り、訝しげに彼らを見上げてしまった。
「気に入ったの?その格好。てか今日も可愛いく仕上がってんな」
その男性の一人は周囲を気にしながら小声でましろちゃんに近づいてきた。
「ちょっ、何なんですか」
嫌な感じがして、声を出した。我ながら腰の引けた震え声が情けない。
「なんだよ、もしかしてナンパされたのか?」
「違うっ」
ましろちゃんが大きな声で言い放った。周りの人が少し騒ついてこちらに視線を投げてくるのがわかる。
「あ、分かった。新歓のために女装の練習してくれてるんだろ?」
「ちょっと本当に、先輩黙って」
「俺的にはこっちのが可愛いから全然いいけどな〜。お前、顔は良い方だからその方が女の子も寄らないでこっちもやっとモテることができて都合がいいわ」
「先輩っ!」
「青木、やめてやれ」
入ってくる会話の内容が全く理解できなかった。目の前には顔を真っ青にしたましろちゃんが立っているし、俺の顔を見てしまったという男性二人が気まずそうな顔をしている。知り合い同士がかち合うことはよくあることだが、蚊帳の外以上におかしな情報が頭の中に入ってきた気がした。
新歓のための練習……?女装……?
「えっと……まずった?」
「はぁ……ごめんね」
男性二人がましろちゃんにそう言って店からそそくさと出ていった。ましろちゃんはゆっくりと腰を下ろし、あはは、と苦笑いをしながら青い顔をしてコーヒーカップを啜った。
「お腹いっぱいだね」
綺麗になった皿の上に、音を立てずにフォークを置く。仕草ひとつひとつが丁寧で、より惹かれていった。彼女は振り向いて店員に声をかけると、食後のデザートと言って、コーヒーを二つ頼んでくれた。そろそろこの間の件を言い出さないと。あんな一瞬で好きになるなんてありえないってきっと思われている。彼女は優しいから、それを言わずして伝えようと俺の話を遮っているはずだ。
「コーヒー、苦手だった?」
「えっ?」
「難しい顔してるから。苦いの嫌い?」
慌てて首を振る。良く見せようとして嘘をついた。いつもコーヒーには角砂糖を五個も入れてしまう。
「なら良かった」
ふふふっと楽しそうに笑うましろちゃんは眩しくて、コーヒーの苦味なんて一瞬で消してくれそうだ。
「あの、ましろちゃん」
「あ、はいっ」
かしこまる姿も可愛い。少し眉をハの字に寄せて俺を見ていた。
「俺、この間いきなりなこと言っちゃってきっと困らせたと思う……んだけど」
ちらりと彼女の様子を伺うと、真剣にこちらを見てくれていた。向こう側から店員が二人分のコーヒーカップを持ってくるのが見えて、一度深呼吸をする。
「太陽くん、続けて」
店員からコーヒーカップを受け取り、ミルクを入れながらましろちゃんが言った。角砂糖は流石に手元にないため、俺もミルクを入れてマドラーでゆっくりとかき混ぜる。
「初めて会った時、俺凄い失礼なこともしたし……。なんてやつだって思ったよね……。でも居ても立ってもいられなくて、なんていうか、咄嗟に手を伸ばしてたっていうか……」
ましろちゃんはコーヒーカップを両手で持って、こちらを見ていた。そういう仕草は計算なのか分からないけれど、やっぱり可愛いと思ってしまう。
「天使っていうのは言い過ぎだと思ってるけど?」
ふふふ、とまた可愛く言う。いや、言い過ぎなものか。また首を振ると、「コーヒー冷めちゃうよ」と言われた。
「俺、衝撃走ったっていうか、めちゃくちゃ運命って思ったし……。だからその、咄嗟に言った感じはあるんだけど、あれは本心なんだ。でもやっぱ引いたよね……?」
恐る恐る尋ねると、ましろちゃんは首を横に振った。
「ううん、引いてない。太陽くんは真っ直ぐで良いと思う。そういうのは大事にした方が良いなって。でもね……私、思ってるほど天使じゃないよ」
申し訳なさそうな表情で、困ったように話す彼女。さっきまでと雰囲気が変わった気がした。
「あのね、太陽くん。私も話があるんだ」
両手で持っていたコーヒーカップがソーサーに置かれた。
「実はさ」
ましろちゃんは言いかけて数秒後、目を見開いた。視線の先はお店の入り口に向けられていて、彼女は咄嗟に下を向いた。
「え、ましろちゃん?」
「あれ、真城?」
俺の後ろから声が聞こえ、振り向くと、彼女と初めて会った時に見かけた男性二人組が立っていた。一人がやたらと優しそうなイケメンで目を引いたのを思い出す。彼氏はいないと聞いていたが、意中の人かもしれない。そう思うと俺の背筋はピンと張り、訝しげに彼らを見上げてしまった。
「気に入ったの?その格好。てか今日も可愛いく仕上がってんな」
その男性の一人は周囲を気にしながら小声でましろちゃんに近づいてきた。
「ちょっ、何なんですか」
嫌な感じがして、声を出した。我ながら腰の引けた震え声が情けない。
「なんだよ、もしかしてナンパされたのか?」
「違うっ」
ましろちゃんが大きな声で言い放った。周りの人が少し騒ついてこちらに視線を投げてくるのがわかる。
「あ、分かった。新歓のために女装の練習してくれてるんだろ?」
「ちょっと本当に、先輩黙って」
「俺的にはこっちのが可愛いから全然いいけどな〜。お前、顔は良い方だからその方が女の子も寄らないでこっちもやっとモテることができて都合がいいわ」
「先輩っ!」
「青木、やめてやれ」
入ってくる会話の内容が全く理解できなかった。目の前には顔を真っ青にしたましろちゃんが立っているし、俺の顔を見てしまったという男性二人が気まずそうな顔をしている。知り合い同士がかち合うことはよくあることだが、蚊帳の外以上におかしな情報が頭の中に入ってきた気がした。
新歓のための練習……?女装……?
「えっと……まずった?」
「はぁ……ごめんね」
男性二人がましろちゃんにそう言って店からそそくさと出ていった。ましろちゃんはゆっくりと腰を下ろし、あはは、と苦笑いをしながら青い顔をしてコーヒーカップを啜った。



