失敗した。特にこの席はダメだった。
俺はあまりにも考えなしの行動をとったと、数分前の自分を恨んだ。付き合っていた彼女にフラれたばかりで参っていた俺を先輩が気を利かせて連れ出した。行き先も告げられずに到着した場所は個室チェーン店の居酒屋で、向かい側には女の子が数名座っている。つまり、合コンだ。新しい恋へと切り替えてしまえば気持ちだって晴れるだろうという、先輩の耳打ちを真に受け、俺は息巻いて席についた。だが、その席で最大のミスを犯したのだ。
先程から、というよりも開始してからずっと女の子の視線は俺の隣の席へ集まっている。それもそのはず、俺の隣には俗に言うイケメンが座っていた。その男はサラサラな栗色の髪の毛を持ち、整った顔立ちをしている。身長も高く、ゆったりとしたシャツにニットを着ていた。綺麗な顔のインテリ系、とてもいうのだろうか。話し方もゆったりとしていて、同性の俺から見ても優しそうな雰囲気がある。俺をここに連れ出した同じサークルの青木先輩の幼馴染みで、名前を黒崎墨仁といった。しかも、うちの大学で最も偏差値の高い教育学部らしい。それも首席入学である。何も知らない俺は、その隣りに席を陣取ってしまったのだ。こんな席だ、対してパッとするところの無い自分に目の前の女の子が興味を持つわけがない。不貞腐れたように目の前のグラスを淡々と空にしていると、それに気がついたイケメン黒崎は、飲み物のメニューを差し出してきた。
「次は何飲む?」
俺は首を振った。
「いや、瓶ビールで良いです。誰も飲んでないし」
乾杯用に出された瓶ビールは、テーブルの上に並べられたまま誰も手をつけていなかった。栓は抜かれているので、一口も飲まずに残すのは気が引ける。黒崎さんは一番近くの瓶を手に取ると、俺にグラスを持たせた。
「好きなの飲めば良いのに」
グラスまで持たせておいてなんなんだよ、と思ったがそこはグッと堪える。
「いや、勿体ないし」
注がれたビールを一気に飲み干すと、また黒崎さんは俺のグラスに注ぎ始めた。
「あの、自分でやるので……」
「ん、酔った?送るから大丈夫だよ。青木にはキミが振られたってことも聞いているし、ここは飲んで嫌なことは忘れて良いんじゃない?」
送るとかそういう問題ではないし、いくら後輩だとしても初対面の相手に一言余計だ。そう思いつつも先輩の友人となると断るのも癪で、俺は彼の注いだビールをまた喉へ流し込んだ。
「んじゃ、そろそろゲームしようぜ」
幹事の青木先輩がにやにやとやたら楽しそうに言った。頬を赤らめているところからして、相当に酔っ払っている。
「なんのゲーム?」
「やろやろー!」
周りもだんだんとお酒が回って色々なセーブがきかなくなっている。呂律の回らない声主が多く、俺は遠目で苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、定番の……山手線ゲーム!」
青木先輩の大きな声で拍手が鳴る。古い、と野次を飛ばす人もいたが、みんな楽しそうに笑っていた。
「ちゃんと罰ゲームあるからな〜。それじゃあ、お題は普通に山手線の駅名!真城、お前から!」
青木先輩が俺を指差した。まさか矛先がこちらに向くとは思っていない上に、グラスに入ったビールを飲んでいる最中だった。咄嗟に飲み込んだが、炭酸が喉のあたりで膨れ、上手く声が出せない。むしろ焦って何か喋ろうとして噎せてしまい、周りがどかんと笑い転げた。
「初っ端罰ゲーム決定!」
青木先輩はゲラゲラと笑いながら、俺の肩を抱いて黒崎さんとの間に割り込んできた。
「まだ何も言ってないですよっ!」
「いやいや。酒の席では噎せたり、溢した時点で罰ゲームってセオリーなんだよ。つーわけで、お前、女装な」
「だから、さっきのは無しでしょ!」
「何言ってんだよ、決まりだ決まり。先輩命令だっつーの」
青木先輩はバシバシと背中を痛いぐらいの勢いで叩く。こういうのがアルハラと言うのではないか。眉間に皺を寄せ、酔っ払って聞く耳を持たない青木先輩を思い切り睨むと、隣で黒崎さんがクスリと笑った。
くっそ、他人事だと思って……!
睨みをきかせていると、寄りかかってきた青木先輩は更に体重を込めてきた。
「明後日、女装したまま大学来いよ。そんで、俺とこいつが写真を撮ってこのメンツに拡散する!」
先輩はこいつ、と言いながら先程から変に絡んでくる黒崎さんを指した。周りはイェーイ、なんて言って盛り上がっている。
「そんな無茶苦茶な……」
「これが飲み会の洗礼だよ、後輩クン」
そんな洗礼受けるぐらいなら、一人で傷心していた方が何百倍もマシだ。人の気も知らないで、なんなんだまったく。俺はおもちゃかっつーの。
小さく舌打ちをして、グラスに入っていた残りのビールを半ばヤケになって流し込む。こうなりゃ、もう彼女なんてどうだって良い。実際、今日は女の子と何一つ盛り上がっていない。寧ろ、俺をネタに盛り上がる奴らしかいないじゃないか。だんだんとこの空気に苛立って、俺は全体に聞こえるように言ってやった。
「めちゃくちゃ可愛くなってやるから覚悟しろよ!」
フラれた腹癒せに来たはずの合コンで、俺は勢いよく啖呵を切った。
しかし、勢いに任せて啖呵を切ったことを後に物凄く後悔するのだった。
俺はあまりにも考えなしの行動をとったと、数分前の自分を恨んだ。付き合っていた彼女にフラれたばかりで参っていた俺を先輩が気を利かせて連れ出した。行き先も告げられずに到着した場所は個室チェーン店の居酒屋で、向かい側には女の子が数名座っている。つまり、合コンだ。新しい恋へと切り替えてしまえば気持ちだって晴れるだろうという、先輩の耳打ちを真に受け、俺は息巻いて席についた。だが、その席で最大のミスを犯したのだ。
先程から、というよりも開始してからずっと女の子の視線は俺の隣の席へ集まっている。それもそのはず、俺の隣には俗に言うイケメンが座っていた。その男はサラサラな栗色の髪の毛を持ち、整った顔立ちをしている。身長も高く、ゆったりとしたシャツにニットを着ていた。綺麗な顔のインテリ系、とてもいうのだろうか。話し方もゆったりとしていて、同性の俺から見ても優しそうな雰囲気がある。俺をここに連れ出した同じサークルの青木先輩の幼馴染みで、名前を黒崎墨仁といった。しかも、うちの大学で最も偏差値の高い教育学部らしい。それも首席入学である。何も知らない俺は、その隣りに席を陣取ってしまったのだ。こんな席だ、対してパッとするところの無い自分に目の前の女の子が興味を持つわけがない。不貞腐れたように目の前のグラスを淡々と空にしていると、それに気がついたイケメン黒崎は、飲み物のメニューを差し出してきた。
「次は何飲む?」
俺は首を振った。
「いや、瓶ビールで良いです。誰も飲んでないし」
乾杯用に出された瓶ビールは、テーブルの上に並べられたまま誰も手をつけていなかった。栓は抜かれているので、一口も飲まずに残すのは気が引ける。黒崎さんは一番近くの瓶を手に取ると、俺にグラスを持たせた。
「好きなの飲めば良いのに」
グラスまで持たせておいてなんなんだよ、と思ったがそこはグッと堪える。
「いや、勿体ないし」
注がれたビールを一気に飲み干すと、また黒崎さんは俺のグラスに注ぎ始めた。
「あの、自分でやるので……」
「ん、酔った?送るから大丈夫だよ。青木にはキミが振られたってことも聞いているし、ここは飲んで嫌なことは忘れて良いんじゃない?」
送るとかそういう問題ではないし、いくら後輩だとしても初対面の相手に一言余計だ。そう思いつつも先輩の友人となると断るのも癪で、俺は彼の注いだビールをまた喉へ流し込んだ。
「んじゃ、そろそろゲームしようぜ」
幹事の青木先輩がにやにやとやたら楽しそうに言った。頬を赤らめているところからして、相当に酔っ払っている。
「なんのゲーム?」
「やろやろー!」
周りもだんだんとお酒が回って色々なセーブがきかなくなっている。呂律の回らない声主が多く、俺は遠目で苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、定番の……山手線ゲーム!」
青木先輩の大きな声で拍手が鳴る。古い、と野次を飛ばす人もいたが、みんな楽しそうに笑っていた。
「ちゃんと罰ゲームあるからな〜。それじゃあ、お題は普通に山手線の駅名!真城、お前から!」
青木先輩が俺を指差した。まさか矛先がこちらに向くとは思っていない上に、グラスに入ったビールを飲んでいる最中だった。咄嗟に飲み込んだが、炭酸が喉のあたりで膨れ、上手く声が出せない。むしろ焦って何か喋ろうとして噎せてしまい、周りがどかんと笑い転げた。
「初っ端罰ゲーム決定!」
青木先輩はゲラゲラと笑いながら、俺の肩を抱いて黒崎さんとの間に割り込んできた。
「まだ何も言ってないですよっ!」
「いやいや。酒の席では噎せたり、溢した時点で罰ゲームってセオリーなんだよ。つーわけで、お前、女装な」
「だから、さっきのは無しでしょ!」
「何言ってんだよ、決まりだ決まり。先輩命令だっつーの」
青木先輩はバシバシと背中を痛いぐらいの勢いで叩く。こういうのがアルハラと言うのではないか。眉間に皺を寄せ、酔っ払って聞く耳を持たない青木先輩を思い切り睨むと、隣で黒崎さんがクスリと笑った。
くっそ、他人事だと思って……!
睨みをきかせていると、寄りかかってきた青木先輩は更に体重を込めてきた。
「明後日、女装したまま大学来いよ。そんで、俺とこいつが写真を撮ってこのメンツに拡散する!」
先輩はこいつ、と言いながら先程から変に絡んでくる黒崎さんを指した。周りはイェーイ、なんて言って盛り上がっている。
「そんな無茶苦茶な……」
「これが飲み会の洗礼だよ、後輩クン」
そんな洗礼受けるぐらいなら、一人で傷心していた方が何百倍もマシだ。人の気も知らないで、なんなんだまったく。俺はおもちゃかっつーの。
小さく舌打ちをして、グラスに入っていた残りのビールを半ばヤケになって流し込む。こうなりゃ、もう彼女なんてどうだって良い。実際、今日は女の子と何一つ盛り上がっていない。寧ろ、俺をネタに盛り上がる奴らしかいないじゃないか。だんだんとこの空気に苛立って、俺は全体に聞こえるように言ってやった。
「めちゃくちゃ可愛くなってやるから覚悟しろよ!」
フラれた腹癒せに来たはずの合コンで、俺は勢いよく啖呵を切った。
しかし、勢いに任せて啖呵を切ったことを後に物凄く後悔するのだった。



