女子大生の櫻木(さくらぎ)(つむぎ)は、入念に化粧水と美容液を肌へと染み込ませ、髪を乾かすと、歯を磨き、脱衣所を後にした。

 時刻は22時を少し過ぎたところ。紬は、いつもこの時間には、寝支度を済ませていた。

 自室へと戻る際、キッチンへと寄り、1杯の青汁を飲むのもいつも通り。

 飲み終わったグラスをすすぎ、流しの横にコトリと置くと、紬は、リビングでテレビを観ている両親へと声をかける。

「もうそろそろ寝るわ」
「そうか、もうそんな時間か」
「あなた、先に、お風呂に入ってください」
「ああ、あと少し。もう少しでこの番組が終わるから……」

 両親の会話もいつも通り。そんな両親に向かって紬は、就寝の挨拶をする。

「それじゃ。
(おだ)やかなる1日が過ごせましたのは、
(やさ)しい陽光と二親(ふたおや)のおかげです。
(すこ)やかなる眠りを迎えられますのは、
()ちたる月光と御祖(みおや)のお力です。
何者(なにもの)にも汚されぬよう
細愛(ささらえ)にて
(いつく)しみくださいませ」

 紬の挨拶を受け、両親も就寝の挨拶を返す。

(おだ)やかなる1日が過ごせましたのは、
(やさ)しい陽光と御身の賜物です。
(すこ)やかなる眠りを迎えられますよう
()ちたる月光と御祖(みおや)に祈りましょう」

 就寝の挨拶を終えて、自室へと戻った紬は、窓を開けて、天を仰ぐ。

 頭上には、全てのものを飲み込まんとするかのように、果てしない闇がどこまでも広がっている。

 紬は、その闇の中にある光を探す事も、就寝前の日課にしていた。

 闇の中に有りながら、弱く、しかし、訴えかけるように光を放つ星々を見上げ、あの就寝の挨拶をしてから、眠りに着くと、不思議とよく眠れるからである。